Rukous 祈り(トイヴォ・クーラ 作曲)/ 女声合唱とピアノのためのにほんのうた「かなりや」(寺嶋陸也 編曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Rukous(祈り)
作曲:Toivo Kuula(トイヴォ・クーラ)
出版社:Sulasol
声部:SATB div.
伴奏:無伴奏
言語:フィンランド語
時間:4分

まだ紅葉も残っていますが、クリスマスシーズンですね!今年はコンサートもあちらこちらで開かれて、少しずつ交流が戻ってきていることを実感しています。フィンランドでも、12月は多くの合唱団がクリスマスコンサートをやっていて、あたたかで、お客さんと心が通じるような空気感を思い出します。クリスマスソングといえば、イエス様の誕生を祝う華やかで楽しい雰囲気のものが多いですが、本日ご紹介するのは、一風変わったクリスマスソング、トイヴォ・クーラ(1883-1918)の「Rukous 祈り」です。

この作品を初めて知ったのは、シベリウスアカデミーの指揮学生によるクリスマスコンサート。「これをクリスマスに歌うのか・・・」と胸がざわついたのを思い出します。しかし、フィンランドで生活してみると、この作品の言わんとしていることが肌で実感でき、今では共感で胸が締め付けられるような気持ちになります。

歌詞は、フィンランドの詩人Eino Leino (1878-1926)で、原題は”Rauhattoman rukous 不穏な祈り”。詩の後半部分をテキストとして、作曲されています。クリスマスの夜、窓に映るあたたかな家族の団らんを、1人外から眺めているような、孤独と絶望が伝わる作品です。人間として限りある命を生きることー老いや大事な人との別れが、聖霊による喜びと対比されることにより、どっしりと身体の奥深くに響いてくるようです。

この個人的で不穏な祈りは、不安定にゆらぐ和声によって表現されています。クーラはハーモニーの使い方が非常に魅力的で、フレーズの中で様々な色彩、陰影を描き出します。本作も、D-durのような、h-mollのような、はっきりとしない調性の中で単語や文章のニュアンスによって、和声を使い分けています。

モティーフとして使われているのは、クリスマスツリーを横にしたような、なだらかに下行する音形です。形式は、ABA’の三部形式。輝くクリスマスの夜、皮肉めいた気持ちが湧き上がってくるAの部分は、モティーフも、パートの重なり方も全て下行形です。淋しさや空虚感を感じさせるためいきのよう。強弱もpからfまで、短いフレーズの中で繊細に変化します。

Bに入ると、クーラのもう一つの特徴である重厚なフーガが現れます。下行形が多かった音形やパートの重なり方が、上行形になっていき、それまでなかった音階や広い跳躍が登場。怒りや、やるせなさが噴出していきます。「空は灰色で、星はない」とffで外側に向かった意識が、急にpになり、「私の周りの夜は暗い」と内側に広がります。

A’に戻ってくると、ppで「自分は子供のまま年をとってしまった」と年老いたことを嘆き、もう一度子供になりたいと切望して、最後は神様に祈るようにH-durの長三和音で終わります。切ないクリスマスソングですが、非常に美しく、神様とつながる静かな時間が持てるかもしれません。今年もあと少し。穏やかなクリスマスをお迎えください。
(堅田優衣)

堅田 優衣 (かただ ゆい)

【筆者プロフィール】
堅田 優衣 (かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。

 

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女声合唱とピアノのためのにほんのうた「かなりや」

●女声合唱とピアノのためのにほんのうた「かなりや」
編曲:寺嶋陸也
出版社:カワイ出版
価格:1,540円(税込)
声部:SSA
伴奏:ピアノ伴奏
言語:日本語
時間:16分
判型:A4判/36頁
ISBN:978-4-7609-4301-2
収録曲:
かなりや/揺籃のうた/あの町この町/シャボン玉/夕日/雨降りお月さん/かんの花咲く丘

寺嶋陸也さんはこれまで唱歌、童謡、民謡やわらべうた、歌謡曲などの日本の歌、そして日本で愛唱されてきた外国の歌を多く編曲されてきました。
その一部は「見渡せば」「ふるさと」「赤い靴」「どこかで春が」「ふじの山」「にほんのうた1~4」などにまとめられ既に出版されています。
その中から女声合唱版のなかった大正時代の童謡6曲に、戦後の童謡《みかんの花咲く丘》の新編曲を加え、7曲の曲集として出版されました。

子どもの美しい空想や感情を育てる詩と歌が創作された大正期の童謡運動は大正デモクラシーの影響下にあり、歌詞が難解な唱歌に対抗した創作運動でもありました。
この曲集のタイトルにもなっている「かなりあ」は大正7年(1918年)に発行された『赤い鳥』に掲載されている童謡詩で、旋律がついた童謡第一号と言われています。

この曲集の作品の初演は桐生で活動をしている「あんさんぶる めい」の皆さんで、指揮は横山琢哉さん、ピアノは作曲家ご自身でした。今年の1月に行われた<しまねカンタート2022>と3月に開催された<あんさんぶる めい コンサート>の2回に分けて初演されました。

1. かなりや(西城八十 詩・成田為三 曲)
ア•カペラのユニゾンで始まり、のちに加わる愛らしいピアノパートが1番、2番、3番と変化する曲想を楽しみながら歌うことができます。

2. 揺籃のうた(北原白秋 詩・草川信 曲)
この曲も1番はア•カペラでスタート、3番のあとの間奏ではいとも美しい転調で夜空に月の光が広がります。

3. あの町この町(野口雨情 詩・中山晋平 曲)
衝撃的な前奏から始まるこの編曲。メロディとエコーの対比やちょっとした掛け合いがスパイスになっています。

4. シャボン玉( 野口雨情 詩・中山晋平 曲)
前奏でのDurとmollが入れ変わり何とも言えない魅力を醸し出しています。原曲をとてもシンプルに味わって歌うことができるでしょう。

5. 夕日( 葛原しげる 詩・室崎琴月 曲)
「ぎんぎんぎらぎら」という歌詞が印象的なこの童謡。2番ではメロディをソプラノとアルトで歌う継ぐというスリルも。

6. 雨降りお月さん( 野口雨情 詩・中山晋平 曲)
本当は寂しさのある嫁入りの情景ですが、ゆったりと馬の背中に揺られているような三拍子の長閑な曲想に味わいを感じます。

7. みかんの花咲く丘( 加藤省吾 詩・海沼実 曲)
この曲だけは第二次世界大戦後に生まれた童謡です。詩の情景が浮かぶようなピアノパートの流れに乗って気持ちよく歌うことができるでしょう。

「夕日」「みかんの花咲く丘」以外の5曲は既刊の「にほんのうた 1」混声版にも収録されていて、ピアノパートが同じなので混声合唱団と合同演奏することも可能です。

どの編曲も複雑なハーモニーや技巧的な複雑さがなく、原曲を味わいながら楽しんで歌える作品ばかりです。童謡といっても子どもたちがうたう歌というよりは、芸術歌曲としてそれぞれの時代背景を感じることができるでしょう。

テンポ指定にメトロノーム記号がないので、歌い手の皆さんが歌いたいテンポを探していくのも楽しみの一つと言えるでしょう。実際にいま私もそれを楽しんでいる一人です。
(田中エミ)

田中エミ (たなか えみ)

【筆者プロフィール】
田中エミ (たなか えみ)
福島県出身。2003年、国立音楽大学音楽教育学科卒業。ゼミでは合唱指揮と指導法を学ぶ。また、同時期より栗山文昭のもと合唱の研鑽を積む。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞し、2013年にノルウェーとオーストリアに短期留学。2022年、武蔵野音楽大学別科器楽(オルガン)専攻修了。現在、合唱指揮者として幅広い世代の合唱団を指導。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。