Aquarelle 水彩(ユステ・ヤヌリテ 作曲)/ 同声(混声)合唱とピアノのための「まちの音」(寺嶋陸也 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Aquarelle (水彩)
作曲:Justė Janulytė(ユステ・ヤヌリテ)*1982-
声部:4S 4A 4T 4B (16声)
伴奏:無伴奏
言語:なし
時間:10分30秒

ラトビアは一年の中で最も夜の短い夏至がやってきました。夜の22時を超えてもうっすらと外は明るく、深夜になっても地上には太陽の光が残り、4時には陽が昇り始めます。
夏至の日には陽が昇るのを見届けるまで、焚火のまわりで歌って踊って短い夜を過ごします。

さて、今回はそんなラトビアから南に位置するリトアニアの作曲家Justė Janulytė(ユステ・ヤヌリテ)氏の作品を紹介します。ユステは1982年生まれ、リトアニア音楽演劇アカデミーで作曲と音楽理論の学士を修得し、現在はイタリアを拠点に活動しています。

彼女の作品の多くは”モノクローム/単色”で組まれたアンサンブルで書かれており(例えば、8つのバスフルートのための詩篇、21台の弦楽楽器のため Elongation of Nightsなど)テクスチャ、ダイナミクス、音色がゆっくりと変化をするのが特徴です。作品のテーマにおいては、詩的なものではなく、実在する構成的なアイディアを作品の中へ反映させています。例えば、自然界における白い色の形成アイディアのもと書かれた「White Music」、影のメタファーとしてテクスチャ、ダイナミクス、和声が展開されていく「Let’s Talk About Shadows」などがあります。

「Aquarelle」も、水彩画の色調の重なりを模倣し作品へと反映させています。
作品は、SATBの4群で構成された16声部による混声合唱で、純粋なミニマニズムのスタイルで書かれています。歌詞に言語テキストは含まれず、Mormorando(囁くように/この楽曲においてはmでのハミング)と母音のAのみで構成されています。始まりと終わりの輪郭が見えない水彩絵の具で描く線のように一定の長い音価に設定されたクレッシェンド、デクレシェンド、その元にテキストはMormorandoからはじまり、m-A-m、m-Aへと展開を見せ、クライマックスへ向かいます。和声は水彩画の重なりを模倣するように、ゆるやかな全音階のもと反復進行していきます。長い音の長さを利用したミニマリズムの要素を含まれる作品は、一見簡単なように見え、技術的にコントロールが難しく、喉が激しく疲労しやすい傾向があります。しかし、この作品は自然な呼吸を促すようなクレッシェンド、デクレシェンド、そしてテキストの設定により、上記のような疲労をあまり感じません。作品のコンセプト、と同時に演奏者、楽器の配慮のバランスがとても優れた作品ともいえます。

ユステ本人によって書かれた作品のプログラムノートの最後には、このように書かれています。
「この作品における、唯一のジェスチャーは、氷山の一角のように、静寂の中に浮かび上がり、沈んでいく音である。それは、聴覚では把握できないが、想像することは可能かもしれないそのほんの一部を示している。」

静寂に耳を澄ませていたと思えば、気が付けばなんの予告もなく音がこちらにやってきていた、という不思議な体験をこの作品を通して感じられます。一時期、アハ体験というものが日本でもよく耳にし、テレビ番組でも一つの絵、風景を見ながら変化していたところを認識できるかというゲームがありましたが、この作品は音楽を通してその体験をする要素もあるのではないでしょうか。絵画を見て、このような体験をすることは身近かもしれませんが、音楽を通して体験する、特に合唱という作品において体験できるこの作品は、是非皆さんにお勧めしたいです。面白いだけでなく、とても美しい音響なので、是非、聴いてみてください。(山﨑志野)

※演奏は、ユステ本人のSoundCloudから聴くことができます。(https://onl.bz/ZJ5bHY2
※楽譜は、公式ウェブサイトから問い合わせることができます

山﨑 志野 (やまさき しの)

【筆者プロフィール】
山﨑 志野 (やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学ぶ。学士課程卒業後、現在、同校修士科合唱指揮科に在学中。2021年に開催された第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位を受賞。合唱指揮を学ぶ傍ら、リガ市室内合唱団アベ・ソルの団員としても積極的に活動している。合唱指揮を松原千振、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。

 

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同声(混声)合唱とピアノのための「まちの音」

●同声(混声)合唱とピアノのための「まちの音」
作曲:寺嶋陸也
作詩:ほんまちひろ
出版社:音楽之友社
価格:1,650円
声部:SA or TB or SB、「窓」のみ三部合唱
伴奏:ピアノ伴奏
時間:13分40秒
ISBN:9784276583863
収録曲
窓のうた / カナブン / 水をのむ / 書道教室 / 珈琲屋の猫 / 窓

本日はつい先ごろ6月22日に発売された新刊のご紹介です。

最近は以前よりも二部合唱の作品を求める声をよく聞くようになりました。団の人数が減ってしまった、あるいは男女混合で二部の作品を歌ってみたいなど、それぞれ理由は様々です。そんな希望に応えてくれるような作品がまた一つ誕生しました。

まず楽譜を開くと、音符や文字とともに可愛らしい挿絵が目に飛び込んできます。それだけでもほっこりしますよ。

この挿絵を描かれたのは児童文学・絵本作家のほんまちひろさん。この曲集の詩を書きおろされました。この作品を委嘱された合唱指揮者の片山みゆきさんの「同声でも混声でも歌えるような<ソング>を」という願いを受けて、寺嶋さんはコロナ禍、いつ合唱が再会できるかわからないという中でほんまさんに依頼をしたところ10編の詩が誕生し、その内の6つに曲が付けられることになりました。それがこの<同声(混声)合唱とピアノのための「まちの音」>です。

ほんまさんの詩からは何気ない夏の日の町の風景が、そして音が聞こえてきます。窓の外からふと聞こえたピアノの音、家のベランダに遊びにきたカナブン、商店街で見かけた人々、書道教室で静かに墨を摺る子どもたち、、、温度や匂いまでこちらに届いてきます。

スケールが大きいのにどこか身近に感じられるような優しいことば。寺嶋さんのシンプルで可愛らしい音楽が絵本の中へ知らぬ間に運んでくれます。言葉がそのまま音符になって遊び出すようです。

演奏する合唱団の編成に合わせて、男女の歌い分けなど自由に工夫できるところも楽しみの一つでしょう。一部div.があり、終曲の「窓」は三部合唱となっています。曲集の最後にパート分けの例も提示されていますので参考になさってください。

6月12日、音楽の友ホールで行われた<友だちの季節・まちの音 出版記念コンサート>での初演が音楽之友社のYouTubeで紹介されています。片山みゆきさんの指揮、そして作曲家ご自身のピアノでお聴きいただけます。合唱は<友だちの季節・まちの音をうたう会>の皆さんです。
https://youtu.be/w2QAmwx_OZ8

同じコンサートで初演された<児童(女声)合唱とフルート、チェンバロ(ピアノ)のための「友だちの季節」>についてはまた次の機会にご紹介いたします!(田中エミ)

田中エミ (たなか えみ)

【筆者プロフィール】
田中エミ (たなか えみ)
国立音楽大学音楽教育学科卒業。在学中は松下耕氏のゼミで合唱指揮を学ぶ。同時期より栗友会に参加し合唱の研鑽を積んでいる。器楽指揮を髙階正光、今村能に師事。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞。2013年にノルウェー、オーストリアへ短期留学。現在、子どもから大人まで、幅広い世代の合唱団を多数指導。アンサンブルピアニスト。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。