Flos ut rosa floruit バラのように咲いた花(ペア・ノアゴー 作曲) / 同声三部合唱とピアノのための「海水浴」(松波千映子 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Flos ut rosa floruit(バラのように咲いた花)
作曲:Per Nørgård (ペア・ノアゴー) *1932-
出版社:Edition Wilhelm Hansen
声部:SSATB
伴奏:無伴奏
言語:ラテン語
時間:5分

梅雨に入り、もうすぐ夏至ですね。緑も濃くなり、自然の力強さを感じます。私はよく近所を散歩するのですが、バラがたくさん咲いているところがあります。その周りを蝶々がひらひらと飛んでいる様子を見ると、「いいことありそう!」と嬉しくなる今日この頃。そんな穏やかで、優雅なバラを象徴とした作品、 ”Flos ut rosa floruit バラのように咲いた花”を本日ご紹介します。日本でもよく演奏されるデンマークの作曲家、ペア・ノアゴー(1932-)の『6 Danske korsange(6つのデンマーク合唱曲)』という曲集に収められている1曲です。

バラのように咲いた花はマリア様の象徴であり、テキストは13世紀のマリア讃歌です。神様とイエス様、そしてイエス様を産んだマリア様を讃えています。神様が、救い主としてイエス様を地上に送ったという神秘的で、豊かな恵みであるその事実を、とても温かい音で伝えてくれています。天上を歩いているように、包み込まれるようなサウンドは聞いていてとても癒されます。見開き2ページの小品ですが、いろいろな音楽的な工夫が詰まっていて、楽譜を見るのも、練習するのも楽しい作品ではないでしょうか。

まず、全体的な構造について。混声5部(SSATB)で、ソプラノがメロディと言っていいと思いますが、それを支える男声は常にゆったりと八分音符でたゆたっています。同じ音が少しずつずれる、または1オクターブ低かったり高かったり、たまに同じ音になったり、微妙な揺らぎがなんとも心地よいです。この3声がテキストを持ち、その外声に包まれながら、S2とAがヴォカリーズ(aやm)によって、メロディと似たようで少し違う音を、絶妙にずれながら持続しています。「マリア」「救い主」「父と子」という言葉の瞬間に、止まったり、2声でメロディになったり、急な高音域へ導かれたりと、大事なところが浮き出るように書かれています。

次にハーモニーは、G-durのようなE-durのような、最後にC-dur!?と気づくような、小節ごとにどんどん印象を変えていきます。例えば、ソシレ(G-dur)→ソシレ#→シレ#ファ#→ミソ#シ(E-dur)のように、1つの音を変えるだけでハーモニーがグラデーションとなり、あえてはっきりとした調性を持たせないことで、幸福な無重力感を感じさせます。

そしてリズムも独特です。一応拍子はありますが、拍の切れ目が聞こえないための変拍子になっています。時間を等分に区切る、という拍の概念の逆を行っているため、パート同士よく聞きながら、繊細なアーティキュレーションを表現することが求められると思います。

ペア・ノアゴー(1932-)はデンマーク音楽アカデミーで音楽を学び、ヴァン・ホルンボーやナディア・ブーランジェに師事しました。ノアゴーは最初、北欧の音楽様式、特にシベリウスやニールセン、ホルンボーなどの影響を受けていましたが、1960年代になって、セリエル音楽を発展させた独自の作曲手法「無限セリー」を開発しています。この作品集は1991年に出版され、どの曲も小品で歌いやすく、魅力的なので、数曲組み合わせてプログラミングするのもおすすめです!(堅田優衣)

※楽譜購入についてはパナムジカにお問い合わせください。

堅田 優衣 (かただ ゆい)

【筆者プロフィール】
堅田 優衣 (かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。

 

日本の合唱作品紹介

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同声三部合唱とピアノのための「海水浴」

●こどもコーラス・コレクション-シニア-
同声三部合唱とピアノのための「海水浴」
作曲:松波千映子
作詩:堀口大學
解説:片山みゆき
出版社:カワイ出版
価格:550円
声部:SSA
伴奏:ピアノ伴奏
時間:4分40秒
判型:A4判/12頁
ISBN:978-4-7609-2078-5

こんにちは。佐藤拓です。
今回取り上げるのは堀口大學(1892-1981)の詩による松波千映子さんの「海水浴」という作品です。
堀口大學といえば、やはりフランス近代詩の翻訳の業績が偉大で、ボードレール、ヴェルレーヌ、アポリネールなどの詩作を日本に紹介して日本の近現代文学に大きな影響を与えました。翻訳だけでなく自らも詩人として多くの作品を残しており、男声合唱をやっている方にはおなじみの『月光とピエロ』も堀口の作品です。ピエロをテーマとしているあたり、堀口自身の詩作にもフランスの香りが強く漂っています。
この『海水浴』という詩は2行ずつ5連、わずか10行の短い詩で、文語的な言い回しの多い堀口作品の中では珍しく、非常にわかりやすい言葉だけで書かれいます。「砂のお菓子をつくりましょう」で始まる優しい語り口はまるで童謡、あるいは親が子供に絵本を読んで聞かせるような雰囲気があります。はじめから歌になるのを望んでいたかのような詩ですね。

松波さんは5つの連それぞれに音楽的な変化を与えて、穏やかではあるが表情豊かな海の風景を5枚の絵画のように描き分けています。
第1連、冒頭はエリック・サティを彷彿とさせるピアノの前奏が波のように揺らいています。歌はペンタトニックのシンプルなユニゾンで始まり、シンコペーションと三連符によって波のフォルムを描いているようです。
第2連は3パートによる模倣カノンに導かれ、波打ち際から上空の白い雲へと視線が上がり、クレッシェンドによって風景が一気に開けていきます。
第3連、「銀の魚がとびましょう」という詩に合わせて、打って変わってピアノがリズムとビートを強調しだします。途中で8ビート→3+3+2ビートに変化しているところも見逃さず。ここはまるでPOPSの合唱曲を歌うようなノリの良さとグルーブがあるといいですね。
第4連はまたビートが変わり、cantabileのユニゾンから雄大なハーモニーへ広がっていきます。それにしても「海がみどりの牧場なら 波は羊のむれでしょう」という比喩のセンスはなかなかですね。詩人の脳裏には、海を見ていてもヨーロッパの広大な放牧地の映像が浮かんでいたのでしょうか。
第5連は第1連の再現部で、同じ歌詞・旋律で始まりますが、最後は「そして羊にやりましょう」でクライマックスをつくります。そして、やはりサティ風のピアノの後奏によって穏やかに、安らいだ空気に満ちて締めくくられます。

全編にわたって調号がなく、変化記号によって細かく転調(転旋)を繰り返しています。基本的に♭系の調が多いのですが、第3連(練習番号C)の前半だけはシャープ系(G dur)であることにも注目してみてください。(佐藤拓)

公式に参考の演奏がアップされていますのでご参考になさってください。楽譜の一部も見ることができます。https://youtu.be/TGjIfkFLPMs

佐藤 拓(さとう たく)

【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう たく)
早稲田大学第一文学部卒業。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。World Youth Choir元日本代表。合唱指揮者、アンサンブル歌手、ソリストとして幅広く活動中。
Vocal ensemble 歌譜喜、The Cygnus Vocal Octet 、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、日本ラトビア音楽協会合唱団「ガイスマ」、合唱団Baltu指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
声楽を捻金正雄、大島博、森一夫、古楽を花井哲郎、特殊発声を徳久ウィリアムの各氏に師事。
(公式ウェブサイト https://contakus.com/