Husarendurchmarsch 軽騎兵の行進(マックス・レーガー 作曲) / 男声合唱のための「四つの仕事唄」(小山清茂 編曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Husarendurchmarsch(軽騎兵の行進)
作曲:Max Reger (マックス・レーガー) *1873-1916
出版社:Bote & Bock
声部:TTBB
伴奏:無伴奏
言語:ドイツ語
時間:3分

ドイツの作曲家であるマックス・レーガー(Max Reger/1873-1916)の作品は、こちらのコーナーで2020年に「二人の王の子らがおりました (Es waren zwei Königskinder)」という曲をご紹介したことがありますが、今回は男声合唱の作品をご紹介したいと思います。
レーガーは50曲近く男声合唱の作品を遺しており、特にドイツの(あるいはドイツ語作品に取り組む)男声合唱団にとっては非常に重要なレパートリーと言えるでしょう。レーガー作品の大きな魅力の一つは美しい和声なのですが、その緻密さゆえに演奏には高いソルフェージュ能力が求められ、なかなか演奏には手を出しにくい作曲家かもしれません。その一方で、上に挙げた楽曲のように民謡などの親しみやすいメロディーに基づく編曲作品をはじめとして聴きやすい曲も多いので、まずはぜひ聴いてみていただきたいです!

さて「軽騎兵の行進 (Husarendurchmarsch)」という作品は、馬に跨った兵隊が街の中を駆け回る様子が歌われているのですが、力強く勢いがあり、これぞ男声合唱!といえるようなカッコいい楽曲です。曲の冒頭はユニゾンで始まり、すぐに四声に分かれてトップテノールとバスが2オクターブの幅まで一気に広がります。その後フォルテとピアノの対比を繰り返しながらも勢いが衰えることなく展開していき、ニ長調の和音をフォルテッシモで高らかに歌い上げるフェルマータで頂点を迎えます。(ト短調の作品なので、ドミナントの和音ですね。)その後、軽騎兵が修道院に入っていく場面では、テンポが遅くなり曲想も穏やかになりピアニッシモで、まるで聖歌のように響きます。(こちらはニ長調の平行調のロ短調)そして馬は再び駆け始め、和声進行もどんどん複雑になっていきます。そして最後に軽騎兵がたどり着く場所は...。

参考音源:https://www.youtube.com/watch?v=6kHHy0DxPQg

こちらのyoutubeの演奏は、アンサンブル・ヴォカペラ・リンブルク(Ensemble Vocapella Limburg)というドイツの男声合唱団によるものなのですが、この合唱団はレーガーの男声合唱曲集「Max Reger -The works for men's choir」というCDを販売しており、spotifyやapple musicなどでも視聴可能ですので、ぜひ探して聴いてみてください。​​コーラス・スクエアの執筆者の一人である柳嶋耕太さんもドイツ留学時代に録音に参加しています。また6月4日には、Mu Projectさんの単独演奏会にて谷の客演指揮でこちらの作品を演奏予定です。よろしければぜひお運びください。(谷郁) 
※楽譜購入についてはパナムジカにお問い合わせください。

【筆者プロフィール】
谷 郁 (たに かおる)
国立音楽大学声楽科卒業及びグラーツ国立音楽大学大学院合唱指揮科修了。これまでに合唱指揮を花井哲郎、エルヴィン・オルトナー、ヨハネス・プリンツの各氏に師事。
Tokyo Cantatにおける第5回及び第6回若い指揮者のための合唱指揮コンクールいずれも第2位。国際合唱指揮コンクールTowards Polyphony(ポーランド)で高い評価を受け、NFM Choirにより客演指揮に招請された。
vocalconsort initium、Hugo Distler Vokalensemble、Tokyo Bay Youth Choir指揮者。他指導合唱団多数。

 

日本の合唱作品紹介

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●男声合唱のための「四つの仕事唄」
編曲:小山清茂
出版社:音楽之友社
声部:TTBB div.
伴奏:無伴奏
収録曲:囃し田(広島県民謡)/石切唄(小豆島民謡)/胴搗き(詞:小山清茂)/酒屋唄(岩手県民謡)

こんにちは。佐藤拓です。
今回は半世紀以上前の古い作品をご紹介します。
小山清茂作曲『四つの仕事唄』は、1963年朝日放送の委嘱作品で、田中信昭指揮・東京混声合唱団によって放送初演されました。
作曲者の小山清茂氏(1913-2009)は長野県更級郡信里村に生まれました。村はラジオもない奥深い農村で、幼少時には洋楽に触れたことがありませんでしたが、その代わり民謡や即興の歌、神楽囃子などの伝統音楽が身近にあって子供のころから親しんでいたといいます。その生まれ育ちから、普通の人々が生活のなかで当たり前のように歌っていた民謡に自身の創作の源泉を見出し、民謡の編曲やそれを題材とした作品を数多く残しました。

“仕事唄”とは、その名の通り仕事とともに歌われていた唄で、農作業や漁業、山仕事、臼仕事、子守など、かつての常民(主に第一次産業に従事する普通の人々)が行っていた仕事には、必ずと言っていいほど唄が付きものでした。仕事のつらさを紛らすため、作業の効率を上げるため、予祝として豊穣を祈念するため・・・などなど様々な目的がありますが、大事なことは「歌なしには仕事がはかどらない」という生活様式を持っていたということでしょう。
現在われわれが「民謡」といって想像する音楽のほとんどは、ステージ上で技巧を究めた歌手がエンターテインメントとして披露する、いわば「芸能」としての歌になってしまっていて、人々の生活からは切り離されてしまった代物になってしまいました。常民の持っていた「生きること」に対するエネルギーは、もとの仕事唄の方により色濃く残されていますが、そのエッセンスを保ったまま現代的な様式である合唱曲に編曲された作品は本当に数えるほどしかありません。小山氏の作品群はその中でもひときわ「常民らしい」と筆者には感じられます。
第2曲を除いて櫓太鼓が必要となりますが、大きくて深い音が出るようであれば桶太鼓や中くらいの太鼓で代用してもよいかもしれません。

1、 囃し田
中国地方の山間部に古くから伝わる田植え踊りで、地方によっては「花田植」「供養田植」などとも呼ばれる。5月下旬に地域の有力者の畑で、田の神様(サンバイさん)を喜ばせるために一日中田植えをしながら唄を歌う。畔に立つ男たちの桶太鼓のリズムに合わせ、サゲと呼ばれる音頭取りの先導に従って、大勢の早乙女(そうとめ)たちが苗を植えながら応えるコール・アンド・レスポンス形式の唄。この編曲ではその形式を忠実に踏まえて、テノールとバスが交互に歌い交わす。歌詞の内容は、よく読むと色恋に関するものが多く、かつて田植えが若い男女の出逢いの場であったことを思い出させる。

2、 石切唄
瀬戸内海の小豆島で歌われていた石切作業場の唄。瀬戸内海は良質な石の産地として知られおり、同様の唄が北木島や白石島などほかの島でも歌われていた。
大きな石に差し込んだノミを、二人の男が交互にハンマーで打ち付ける作業があり、その時に両者の呼吸を合わせるための「打ち付け唄」がまず歌われる。途中テノールソロによる伸びやかな旋律が現れるが、これは切り出した石の表面の凹凸を整える個人作業で歌われる「すくい唄」である。いずれの唄もコブシが多く技巧的だが、残響の多い石切り場で歌われるとさぞ幽玄な響きが立ち現れたことだろう。

3、 胴突唄
小山氏が幼少時に見ていた地固め作業の記憶にもとづいて書かれたオリジナル作品。地固めとは家の土台となる地面を搗き固める作業で、やぐらを組んで大勢で巨大な丸太棒を吊り上げ勢いよく落とす、いわゆる「ヨイトマケ」のことである。
音頭取りのソロの威勢の良い掛け声をそっくりそのまま真似て繰り返す形式。身体の強い緊張と弛緩が交互に現れ、それが自動的に音楽の律動となっている。途中には「どぶろく飲ませろ」などの欲望丸出しの歌詞もあり、単調な作業にユーモアでアクセント付けようとした工夫も見受けられる。

4、 酒屋唄
酒造りは唄の宝庫で、杜氏にとっては「唄も半給料」と呼ばれるほどその存在は重要だった。時計のない時代に、「この唄を〇回歌えばこの作業は終わり」というように唄で時間を計算していたのである。この曲は岩手県の南部杜氏の酒造り唄から3種類の作業の唄を集めてメドレーにしたもの。やはり先導のソロに続いて唱和するコール・アンド・レスポンス形式である。
歌われている3種の唄は「荒酛(あらもと)摺り唄」「三転(さんころ)搗き唄」「留仕込み唄」というもので、酒造りの工程順に並べられている。最後は良い酒ができるように神様に祈願してかしわ手とともに締めくくられる。

手前味噌ですが、私が指揮した録音がYouTubeにありますのでご紹介します。11年前の演奏ですが、楽譜にはない関連民謡を挿入したり、声もクラシック声楽から離れてより日本の常民らしいものを指向したりと、今の私の音楽観の原点になっている演奏です。映像がないのが残念ですが、結構身体も使ってます。どんな身体の使い方をしているのか、音で想像しながらお楽しみください。

【第18回東西OB四連(2011年8月7日)稲門グリークラブ(指揮:佐藤拓、和太鼓:原田祥吾)】
https://youtu.be/CES6gwB3g3A

民謡と合唱のかかわりについて興味がある方は、昨年春にコーラス・カンパニーで開催した私のセミナーがアーカイブで見れるサイトがございます。こちらも是非是非ご覧ください!
【initium ; auditorium 佐藤拓「日本民謡と合唱」~ 私たちは民謡をどう歌うか ~】
https://initium-auditorium.com/content/japanese-chorus-and-folk-songs
(佐藤拓)

【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう たく)
早稲田大学第一文学部卒業。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。World Youth Choir元日本代表。合唱指揮者、アンサンブル歌手、ソリストとして幅広く活動中。
Vocal ensemble 歌譜喜、The Cygnus Vocal Octet 、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、日本ラトビア音楽協会合唱団「ガイスマ」、合唱団Baltu指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
声楽を捻金正雄、大島博、森一夫、古楽を花井哲郎、特殊発声を徳久ウィリアムの各氏に師事。(公式ウェブサイト https://contakus.com/