SOLVEIG ソルヴェイグ(Eva Holm Foosnæs 作曲)/ 『日本民謡曲撰』一の巻・二の巻(藤井清水 作曲)
世界の合唱作品紹介
海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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● SOLVEIG(ソルヴェイグ)
作曲:Eva Holm Foosnæs (エヴァ・ホルム・フースネス)
出版社: Nye Noter
声部:SSAA
伴奏:ア・カペラ
言語:ノルウェー語
梅雨が明けて、夏本番!最近は暑すぎますが、やっと夏が来た開放感は特別ですね。本日は、北欧の美しい季節の移ろいを感じさせるグリーグの作品「ソルヴェイグの歌」を元とした女声合唱曲「SOLVEIG ソルヴェイグ」をご紹介します。
ノルウェーの作曲家であるEva Holm Foosnæs(エヴァ・ホルム・フースネス/1983-)によって編曲され、原曲の世界観を新たな視点で広げた女声合唱作品です。2024年にCantusによって委嘱・初演され、女声合唱の特性が存分に発揮できる現代的な書法で書かれています。原曲である『ペール・ギュント』(Peer Gynt)作品23 は、エドヴァルド・グリーグの代表作の一つで、ヘンリック・イプセンの戯曲に作曲、1876年に初演された全5幕の劇音楽。自由奔放なペール・ギュントが旅に出て年老いて帰ってくるまでの物語で、「ソルヴェイグの歌」では、ペール・ギュントと恋に落ちたソルヴェイグが、彼の帰りを何十年も待ち続ける一途な愛を描いています。
エヴァ・ホルム・フースネスは声を扱った作品を多く手がけ、演出や振付などの視覚的な要素も取り入れながら、独自の音楽活動を展開しています。現在は、作曲活動とともに室内合唱団アウルム(Kammerkoret Aurum)の芸術監督を務め、グリーグの様々な楽曲を合唱用にアレンジしたプロジェクトも行っています。混声合唱版は、原曲に忠実なアレンジがされている一方、女声合唱版は編曲にとどまらず、北欧の神秘的な森、鳥の声、凍えるような冬や朗らかな春の空気感も伝わってくるように再構築されている点が魅力的です。
冒頭、原曲のメロディを彷彿とさせるクラスターによって、厳しい冬のような音の空間が現れます。遠くから、ヨイクのような誰かの呼び声が、こだまして聞こえるようです。やっと訪れた春に安堵を覚えると、美しいメロディーによって「冬は去り 春は過ぎて 夏も終わり 1年が経った」とソプラノが歌います。季節の合間にはこだまする声が挟まり、ソルヴェイグが感じている時の流れが伝わってくるようです。その後、「でも私は信じている あなたが帰ってくると 私は待ち続ける 約束したから」というテキストには、半音による混沌としたクラスターが当てられ、希望とともに不安やあきらめも入り混じった複雑な感情が表現されます。そして、原曲にも出てくるヴォカリーズのメロディが歌われ、オーケストラのような色彩豊かな背景も相まって、孤独感や一途さ、強い意志など、ソルヴェイグの心情を聞き手が自由に想像できるような時間が提供されます。音楽的には、持続するパート、半音を縫うようなメロディ、全員で一気に上行するなど、音域と音程が巧みに使い分けられ、ドラマティックに物語が語られていくのが特徴です。
そして冒頭と同じクラスターに戻り、2番では「神のご加護がありますように あなたの旅路で 神にひざまずけば 力を授かるでしょう」と原曲に近いメロディをアルトが歌います。1番と同じ構造で、時の流れは感じさせつつも、変わらない思いを描いているようです。「ここであなたの帰りを待ち続けます もし天上にいるのなら そこで再会しましょう 私の大切な人!」とため息まじりに歌い、曲は締めくくられます。物語性とともに、グリッサンドやトリル、ボイスパーカッションなどの多彩なサウンドも世界観を広げている本作。北欧作品をレパートリーとしてきた主宰するpneumaの10周年記念コンサートで、2026年11月1日(日)にルーテル市ヶ谷ホールにて演奏予定です。日本画家・田中一村をテーマとしたプログラムで、北欧作品と日本作品によって、一村の内面の変化と画風の変遷を音で描きます。大切な人への想い、また与えられた命を生かしてどのように日々を過ごすか、ソルヴェイグの歌にも通ずる内容となっています。ぜひ聴きにいらしてください!(堅田優衣)
【筆者プロフィール】
堅田 優衣(かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。
日本の合唱作品紹介
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●藤井清水作曲
『日本民謡曲撰』一の巻・二の巻
こんにちは、佐藤拓です。
明治から昭和初期にかけて、日本における西洋音楽の黎明期に活躍した作曲家の作品が、近年再び脚光を浴びるようになっています。裏を返せば、それは長い間忘れられていた作曲家たちが数多くいたということでもあります。彼らの作品は単に「古い」の一言で片づけられるものではありません。西洋渡来の洋楽と日本の伝統音楽をどのように結びつけるか、という実験と試行にあふれており、今聴いても不思議な新鮮さを味わわせてくれます。
藤井清水(ふじいきよみ、1889〜1944)もまた、そんな作曲家の一人です。広島の呉に生まれ、童謡、歌曲、合唱曲、新民謡(民謡風の風情をもった創作歌曲)など約1,900曲もの作品を生み出しましたが、生地以外でその名を知る人は少ないかもしれません。彼の最大の業績は、民謡研究家の町田佳聲とのタッグで日本各地の民謡を採集し、それを五線譜に記録して後世に残したことでしょう。藤井は生涯に2,213曲もの民謡を採集し、日本放送協会(現NHK)から刊行された『日本民謡大観』いう大著へと実を結びました(藤井はその発刊を待たずに病で世を去ってしまいました)。
採集するだけにとどまらず、藤井は141曲の民謡編曲を書き残しました。日本の作曲家で、自ら採集して自ら編曲するという、バルトークやコダーイのような営みを最初に行った一人が藤井清水でした。藤井の合唱曲で出版されたものは数少なく、男声合唱曲「拳骨節」「水夫の歌」などのほかは、没後すぐに出版された『日本民謡曲集撰』(日本音楽雑誌社、1944年)くらいで、いずれも版元の都合で長らく絶版になっていました。
そんな中、「呉市藤井清水の会」と声楽家の長江希代子さんのご尽力により、この『日本民謡曲集撰』の復刊と、その続編として書き溜められていた手稿譜の初出版が実現し、二巻・全100曲にまとめられました。未出版だった手稿譜は、明治学院大学日本近代音楽館のマイクロフィルムから発掘されたもので、今回の出版がなければ日の目を見ることは決してなかったでしょう。
100曲のうち80曲が重唱・合唱曲で、同声二部から女声三部、男声四部、混声四部までその編成は多彩です。ピアノ付きとアカペラが混載されており、多くが1〜3ページほどの非常にシンプルなアレンジとなっています。ピアノ伴奏は笛や箏、三味線などの和楽器の音色や奏法を模したものが多く、非和声音を含むハーモニーは、ナチュラルに民謡の旋律へと馴染みます。
作曲者自身による序文や解説もかなりの分量があり、民謡研究家、民俗音楽学者でもあった藤井の一面が垣間見えます。特に「西洋風の当たり前の和声付けを施すと唱歌風になってしまうが、民謡の場合にはそのようにしない」という点を徹底して述べているのが印象的です。生の民謡に直接触れ、その美しさを知っていた藤井ならではの選曲とアレンジであり、簡素な中にも常民の生活が垣間見える、味わい深い曲集です。(佐藤拓)
出版社サイトで全曲のタイトルが見られますので、ぜひ参照してみてください。
一の巻
https://www.ongakunotomo.co.jp/catalog/detail.php?id=522220
二の巻
https://www.ongakunotomo.co.jp/catalog/detail.php?id=522230
【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう たく)
岩手県出身。早稲田大学第一文学部卒業。在学中はグリークラブ学生指揮者を務める。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。
アンサンブル歌手、合唱指揮者として活動しながら、日本や世界の民謡・民俗歌唱の実践と研究にも取り組んでいる。近年はボイストレーナーとして、自身の考案した「十種発声」を用いた独自の発声指導を行っている。Vocal ensemble 歌譜喜、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、合唱団ガイスマ等の指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
(公式ウェブサイトhttps://contakus.com/)
