Dievs, Tava zeme deg! カンタータ「神よ、あなたの大地は燃えている!」(ルーツィヤ・ガルータ 作曲) / 無伴奏女声合唱のための「立石寺にて」(丸尾喜久子 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
--------------------------------

●Dievs, Tava zeme deg!(カンタータ「神よ、あなたの大地は燃えている!」
作曲:Lūcija Garūta (ルーツィヤ・ガルータ) *1902-1977
作詩:Andrejs Eglītis (アンドレイス・エグリーティス) *1912-2005
出版社:Musica Baltica (Mūsu Dievs debesīsのみ)
声部:Tenor Solo, Bariton Solo & SATB
伴奏:オルガン伴奏、一部無伴奏
言語:ラトビア語
時間:8分

ロシアのウクライナへの軍事侵攻がニュースに表れ始めた頃、多くのラトビアの人々の心にうかんだカンタータがあります。作品の生まれた当時を思い起こすような出来事は、この作品を紹介するべきだと奮い立たせます。今回は作品と作品にまつわる劇的な歴史と共に紹介したいと思います。

ラトビアの作曲家、ルーツィヤ・ガルータのカンタータを紹介します。この作品は詩人アンドレイス・エグリーティスの詩に作曲されています。このカンタータは殊に困難な時代に生まれ、劇的な歴史を乗り越え現代に鳴り響きます。

作曲家ルーツィヤは1902年にリガに生まれます。1919年よりラトビア音楽院にてピアノを専門的に学ぶと同時に作曲を作曲家ヤーゼプス・ヴィートルスに学び、1924年に作曲を、1925年にピアノの学士を修めています。1926年にはフランスへ渡りピアノを学び始め、後にポール・デュカスの元で作曲を学びます。演奏家としても活躍をしていたルーツィヤはパリをはじめ、ベルリン、フランクフルトなど各国で演奏を行うなど、当時ラトビアで最も活動的な演奏家の一人でした。教育活動にも熱心であった彼女は1940年から1977年までラトビア国立音楽院で教鞭を取り、当時音楽院で学んだ音楽学者と作曲家は全て彼女の作曲、音楽理論の学生であったと言われています。

カンタータの詩は、詩人アンドレイスによって書かれています。この詩は1943年に行われた「ラトビアの神の祈り」をテーマとしたコンクールで優勝した作品でした。詩と音楽は愛国心のもとキリスト教徒の感情を表現するべきだという重要性、意義を表明し開催されたコンクールでした。当時この詩は2つの詩であり、それらが1つにまとめられ、ルーツィヤはアンドレイスと綿密な話し合いの上でテノールとバリトンのソリストと合唱とオルガンのためのカンタータへと作曲されました。
 
カンタータは炎の燃え盛るようなオルガンによる前奏から始まり、合唱が4声部tuttiで「神よ、あなたの大地は燃えています!」と叫びのように劇的に歌われます。ソリストの歌は全音階を軸に語りのイントネーションに基づき歌われます。ソリストは静寂のもと嘆き、また時に強い祈りを導くよう歌われ、度々現れる冒頭の合唱のフラグメントは静寂の祈りに向かって激しさと団結をもたらします。カンタータの中心には合唱4声部コラールの形式でかかれたアカペラの祈り「Mūsu Dievs debesīs」(天にあります 我らの神よ)があります。合唱はこのアカペラの祈りに向かうにつれ、声部は2声部、ユニゾンと収束していき、「天と石が悲鳴をあげようとも 大地がうなろうとも 闇に陽が登らなくとも 我は神の栄光を讃えよう」と人々を鼓舞するソリストの力強さに呼応する形で「Mūsu Dievs debesīs」の旋律がフレーズごとに合唱によりユニゾンで現れる進むシーンは、声のみで祈る純粋な響きへと向かいます。

このアカペラ部分はラトビアの歌の祭典の重要なレパートリーでもあり、このアカペラ部分のみが演奏されることがあります。ラトビアの人々は自国の自由を求めて、あらゆる場面でこのアカペラを歌ってきています。ラトビアの人々の自由の象徴の歌であり、人々は「Himna」(賛美歌)とも呼びます。ラトビアでは、この歌が始まると、会場に居合わせた人々は祈りをささげるべく静かに立ち上がります。この静寂の祈りの後、カンタータはソリストとオルガンを交えて感情的なクライマックスへと発展をしていきます。
 
作品の歴史について。作品は1943年に作曲が始められ1944年3月15日午後5時にリガの古聖ゲルトルード教会にて初演されました。この頃のラトビアは苦悩に満ちた年であり、人々は脅かされる生活に不安を抱いていました。当時ナチス・ドイツに占領されていたラトビアは1944年に再びソビエト連邦に占領されます。初演はナチス・ドイツ軍とソ連軍による大きな戦いが予想されていた頃に行われており、初演の録音には、観客のみならず、演奏者まで、多くの人が涙を流す音、そして、ナチス・ドイツ軍の戦車が通り過ぎる音が残っています。初演については更に逸話が残っており、演奏会当日の朝、出演予定であったオルガニストは急病により降板を余儀なくされ、代理としてルーツィヤ・ガルータが急遽演奏することになったのです。しかし、彼女は小柄であったためにオルガンのペダルに届かないため、他のオルガニストにペダルを弾かせ、彼女はトップの鍵盤、とペアで演奏をしたと言われています。ルーツィヤはペダルを担当した同僚の膝の上に座って演奏したと言われています。

この作品はソ連に占領されるその時までラジオでも全土に放送され、また10回以上演奏もされ、多くの聴衆が集まったと言われています。しかし、その後この作品の演奏は禁じられ、全ての記録は、録音おろか楽譜さえも破棄されてしまいます。この作品は約20年間、闇に葬られ、永久に失われたと思われていました。しかし、西ドイツの放送局にカンタータの録音資料が発見され、そのいくつかの録音資料をもとに、作曲家ロギンス・アプカルンスにより再構築され、1982年にスウェーデンにて奇跡的な復活を果たします。ラトビア国内では1988年、失われてから25年の時を経て指揮者イマンツ・コカルス率いる室内合唱団AVE SOLの演奏によって復活しました。1990年には歌の祭典で初めて「Mūsu Dievs debesīs」が演奏されており、以降この作品は歌の祭典の重要なレパートリーとなります。その後、カンタータはヨーロッパ諸国はじめ日本、カナダ、アメリカでも演奏されており、ラトビアのMusica Baltica(ムジカ・バルティカ)からも日本語を含む諸外国の言語の訳詞が手に入れることができます。作品はインターネット上からも聴くことが可能です。是非、一度触れていただきたい作品です。

これを読んで、作品と共に、今、世界で起こっている出来事に思いを馳せるきっかけとなれば、幸いです。(山﨑志野)

【筆者プロフィール】
山﨑 志野 (やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学ぶ。学士課程卒業後、現在、同校修士科合唱指揮科に在学中。2021年に開催された第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位を受賞。合唱指揮を学ぶ傍ら、リガ市室内合唱団アベ・ソルの団員としても積極的に活動している。合唱指揮を松原千振、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。

 

日本の合唱作品紹介

新進気鋭の若手指揮者、佐藤拓さんと田中エミさんのお二人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

●無伴奏女声合唱のための「立石寺にて」
作曲:丸尾喜久子
句:松尾芭蕉
出版社:Edition ICOT
声部:SSAA
伴奏:無伴奏
言語:日本語(ローマ字付き)
時間:4分30秒

こんにちは、佐藤拓です。
今回紹介するのは関西在住の作曲家・丸尾喜久子さんの新譜「立石寺にて」の女声版です。Edition ICOTから印刷版とダウンロード版がリリースされています。
松尾芭蕉の有名な句「閑けさや 岩にしみ入る 蝉の声」をテキストとするこの曲は、もともと無伴奏混声版が先行して別の出版社から出版されていました。作曲者の丸尾さんによると、山形県鶴岡市の羽黒高等学校合唱部(指揮:春山連さん)の全国声楽アンコンでの演奏を聞いて感激し、その透明感あふれる声と音楽への真摯な姿勢に感化されて、自ら女声版への編曲を申し出たのだそうです。初演は2018年の山形県アンコンで、羽黒高校は同年の東京国際合唱コンクールにも出場しこの曲を歌っています。
その時の動画が上がっていますのでご紹介いたします。
https://youtu.be/hgclSHeVa7s

曲は4つのセクションに分かれています。
冒頭は音符がなく、無声音や吐息でホワイトノイズや雨の音、小さな生き物の音を連想させる音風景を作るよう指示が書かれています。「山の中の寺に夏がやってくるイメージ」という抽象的な指示があるとおり、演奏者によってさまざまな音響空間をデザインできる、即興性の高い導入です。
しばらくすると閉口ハミング(B.F.)から開口ハミング(B.O.)へと静かに移ろうヴォカリーズに導かれて、「tsukutsuku…」という蝉の声が折り重なるように歌われます。単なるサウンドスケープにとどまらず、夏の暑さや光の眩しさ、空の青さといった聴覚以外の五感への刺激をも感じさせます。
休符フェルマータののち、芭蕉の句が4/4拍子でゆったりと歌われます。ソプラノはソリスティックなヴォカリーズを奏で、そのユリ(民謡のコブシの一種)の具合が日本的な印象を強く与えてくれます。
ソプラノがD音に収斂すると、唐突に6/8拍子に変わって、同じ芭蕉の句が今度は輪舞風に歌われます。lo、lu、liなどのスキャットも混じり、前段とうってかわってまるで北欧の民族音楽のような雰囲気となります。最後は再びの蝉の声の響きの中に静かに音が染み込んでいきます。

芭蕉の世界での「閑けさ(静寂)」とは、大人少ない、無音であるということではなく、様々な自然の音響とそれを取り囲む時空間とが、ある奇蹟的な調和のはてに動的なものを一切知覚させない瞬間を切り取ったものなのでしょう。丸尾さんのこの作品は、単純に「和風な」仕上げをすることよりも、芭蕉的な時空間の感覚に接近しているという意味で、非常に日本人的な発想を土台としたものに感じられます。
即興演奏や打楽器なども得意とする丸尾さんですが、是非今後も多くの作品が出版されることを心待ちにしています。

【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう たく)
早稲田大学第一文学部卒業。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。World Youth Choir元日本代表。合唱指揮者、アンサンブル歌手、ソリストとして幅広く活動中。
Vocal ensemble 歌譜喜、The Cygnus Vocal Octet 、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、日本ラトビア音楽協会合唱団「ガイスマ」、合唱団Baltu指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
声楽を捻金正雄、大島博、森一夫、古楽を花井哲郎、特殊発声を徳久ウィリアムの各氏に師事。(公式ウェブサイト https://contakus.com/