Four Songs of Love 4つの愛のうた(スヴェン=ダーヴィド・サンドストレム 作曲) / 女声三部合唱「さんざえの祭り」(山下祐加 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Four Songs of Love(4つの愛のうた)
作曲:Sven-David Sandstöm(スヴェン=ダーヴィド・サンドストレム)
出版社:Gehrmans
声部:SSATBB
伴奏:無伴奏
言語:英語
時間:8分

だんだんと木々が色づいて、さわやかな季節になりました。混沌とした情勢ですが、みなさまどんな気分でお過ごしでしょうか。4月は新年度ということもあってか、音や匂いとともにいろいろな記憶が蘇ってくる気がします。本日ご紹介するのは、ずっと眠っていた感情を揺さぶられるような作品、スウェーデンの作曲家であるスヴェン=ダーヴィト・サンドストレムの「Four Songs of Love 4つの愛のうた」です。聖書の雅歌をテキストとした、約2~3分の4つの小品から成る組曲。サンドストレム作品の特徴の一つである、認知できないくらい細やかな書法で、繊細な音の質感を表現しています。pの可能性が無限大!

Ⅰ Let him kiss me

「あの方が私に口づけしてくださったら良いのに。」という雅歌1章2節のテキストで、控えめに、少し躊躇しながら始まります。1つのメロディが、細波のように寄せては返し、やっとの思いで天にいる神様に届けるよう。pppから始まり、クレッシェンドとディクレッシェンドを繰り返しながら、fまで到達する流れは、見えない音の束に包まれていくような濃密な感覚が味わえます。第1楽章では、女声が甘美なメロディを歌っている裏で、実は男声が非常に重要な役割を担っていて、男声のハーモニーが気づかないくらい微かに加わっては消えていくことが、音の印象に大きな影響を与えています。女声のメロディが頂点に達した後、「ああ、わが愛する者。あなたはなんと美しいことよ。」と今度は男声合唱で、地上から天に向かって広がっていきます。最後は「あなたの目は鳩のようだ。」とフォーカスが”目”に集約するように、高音域から低音域に向かって下行し、Es-durの長三和音に帰結して終わります。

Ⅱ Until the Daybreak

「そよ風が吹き始め、影が消え去るころまでに、あなたは帰って来て、険しい山々の上のかもしかや、若い鹿のようになってください。」という雅歌2章17節をテキストとし、Ⅰとは対照的に、男声合唱が軸に語られていきます。pppやクレッシェンド・ディクレッシェンドの使い方はⅠと同様で、女声は「影」や「かもしか」、「山々」といったキーワードを音にすることで、世界観を膨らませています。

Ⅲ Awake, o North Wind

「北風よ、起きよ。南風よ、吹け。私の庭に吹き、そのかおりを漂わせておくれ。」と雅歌4章16節で始まるⅢは、これまでとは打って変わって、速いテンポで動きのある楽章です。風が吹き抜けた後、「私の愛する方が庭にはいり、その最上の実を食べることができるように。」とⅠを彷彿とさせるモティーフで、ゆるやかに下行しながら、少し憂鬱にa-mollに収束します。

Ⅳ His left hand

「ああ、あの方の左の腕が私の頭の下にあり、右の手が私を抱いてくださるとよいのに。」と先の見えない不安の中、切実に祈るようにa-mollの和音が続いていきます。これまで寄せては返すようなモティーフが貫かれてきましたが、ここで初めて、ある種平坦に音域が一定になることで、内省的に自分ごととしてテキストを受け取ることができるように思います。a-mollの中で微妙に音が移り変わりながら、最後に一瞬だけF-durが響き、一筋の希望を見るように作品が締めくくられます。

スヴェン=ダーヴィト・サンドストレム(1942-)は、音楽学と美術史をストックホルム大学で、作曲をストックホルム音楽大学で学びました。スウェーデン、アメリカの音楽大学で長年教鞭をとりながら、オペラ、オラトリオ、合唱作品、室内楽、教会音楽、バレエ音楽、映画音楽など、300以上の作品を作曲しています。毎日様々な情報が飛び交い、不安定な状況が続いていますが、静かな部屋で聴いてみていただきたい一曲です。きっと心が洗われて、呼吸が深くなると思います!(堅田優衣)

※楽譜はパナムジカでお求めいただけます。
https://www.panamusica.co.jp/ja/product/18409

【筆者プロフィール】
堅田 優衣 (かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。

 

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●女声三部合唱「さんざえの祭り」
作曲:山下祐加(祐は示右)
作詩:野呂昶
出版社:教育芸術社
声部:SSA
伴奏:ピアノ伴奏

今回は「さんざえの祭り」という新作をご紹介します。

この作品は教育芸術社主催による「スプリング・セミナー2022」で発表されました。ここでは毎回、演奏会やコンクールの自由曲として書き下ろされた新曲が誕生しています。
同声(児童)、女声、混声の作品を各2曲 (全6曲) を司会者、作曲家、指揮者が作品演奏のポイントを紹介しながら演奏をしていくプログラムです。第9回を迎える今年は前回に引き続き、ホール収録を後日配信の形式で公開される予定で、「さんざえの祭り」(女声三部合唱とピアノの編成)はその中の一曲です。私自身が指揮を担当しています。

テキストは少年詩を多く手がけている野呂昶(さかん)。子どもにも親しめる易しい言葉で、自然の奥深さや命の躍動を描く作品が多くあります。今回は能登の漁師から現地で聞いたお話しをもとに書かれたユニークな詩です。
作曲の山下祐加さんは以前にコーラス・スクエアでも紹介をした、同声合唱組曲「だれだろう」で初めて野呂さんの詩に作曲されたそうですが、その選詩の際に出会った野呂さんの詩の世界観に感銘を受けられたそうです。

「さんざえ」とは能登の言葉で「サザエ」のこと。野呂さんが能登へ旅行をしたときに、地元でサザエ漁をする漁師たちが「満月の夜にはサザエをとってはいけないよ」と忠告してくれたのだそうです。何故なら、その夜はサザエたちのお祭りがあるから。岩場へたくさんのサザエたちが這ってきて、がじゃがじゃと貝殻をぶつけ合いながら歌ったり踊ったりの密な宴が開かれているというのです。

手を伸ばせば大量に捕獲できるにも関わらずその日は漁をせずに、彼らの宴を見守るという漁師たちの眼差し(次の日には獲られちゃうのかもしれませんが!)、その話しを聞いた詩人の中に広がったファンタジーの世界、更にそこへ山下さんのイマジネーションが加わり、演奏者はその映像を立体的な音にしていきます。

詩は能登の言葉で書かれていて、その独特なイントネーションがメロディやリズムの中に反映されています。語尾のコブシもその一つです。

民族的な旋律を彷彿とさせる神秘的な導入からはじまり、サザエたちが陽気に歌ったり踊ったりする様子を描いた軽快な変拍子の中間部、そして最後には大自然のスケール感を俯瞰する壮大なエンディングを迎えます。

忘れてはならないのがピアノの役割です。能登半島にある石川県珠洲市のお祭りの音楽をモデルとし、さまざまな和楽器の音も散りばめられています。歌との掛け合いも多いので、合唱との競演も是非お楽しみください。(田中エミ)

※『Spring Seminar 2022楽譜テキスト』(動画配信アクセス権含む)のご購入先。
セミナーで紹介された6曲を収録した楽譜はこちら。
https://www.kyogei.co.jp/spring-seminar/

※ピース楽譜については、4月下旬よりパナムジカで販売される予定です。

【筆者プロフィール】
田中エミ (たなか えみ)
国立音楽大学音楽教育学科卒業。在学中は松下耕氏のゼミで合唱指揮を学ぶ。同時期より栗友会に参加し合唱の研鑽を積んでいる。器楽指揮を髙階正光、今村能に師事。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞。2013年にノルウェー、オーストリアへ短期留学。現在、子どもから大人まで、幅広い世代の合唱団を多数指導。アンサンブルピアニスト。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。