Felix Mendelssohn Bartholdy: Richte mich, Gott《神よ、私を裁いてください》Op.78-2 / 混声合唱とピアノのための『クリスマス歌めぐり』 女声(同声)合唱とピアノのための『クリスマス歌めぐり』(名田綾子 編曲)
世界の合唱作品紹介
国内外で活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、山﨑志野さん、仲光甫さんが数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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Felix Mendelssohn Bartholdy: Richte mich, Gott《神よ、私を裁いてください》Op.78-2
今号では、メンデルスゾーンの《Richte mich, Gott(神よ、私を裁いてください)》Op.78-2をご紹介します。ドイツ・ロマン派の合唱曲を好む方にとっては大変有名な曲のひとつですが、この曲には初稿と、いわゆる改訂稿という2つの版があることをご存知でしょうか。
《Richte mich, Gott》は、Op.78《3つの詩篇》の2曲目にあたる作品です。女声4部・男声4部の8声のアカペラ合唱で、4、5分ほどの長さです。
テキストはルター訳による詩篇43篇。「神よ、私を裁いてください」という言葉から始まる、大変印象的な詩篇です。
テキストは第5節まであるのですが、5節目の「我が魂よ、なぜうなだれるのか」は、詩篇42篇の最後と同じテキストになっています。メンデルスゾーンは詩篇42篇にも曲をつけていて(《詩篇42篇》Op.42、1837年作曲)、そこで使われている「Harre auf Gott(神を待ち望め)」と同じ内容が、本作品でも出てきます。
曲の始まりはやや厳格で、速いテンポ。男声がまず歌い、女声がそれを受けるという掛け合いで進みます。中間部は、それに対してゆったりとした3拍子で、祭壇へ向かう行列と感謝を表しているようです。ただし、男声がまず最初に歌い、女声がそれをハーモニーで受けるという基本構造が、ここでも維持されています。
その中間部が、静かでありながら大きなカデンツで閉じられると、そこから D-Dur(ニ長調)になり、「神を待ち望め」という言葉で8声が揃って歌い上げる形で、大団円としてのこの曲の結末を迎えます。この部分は、先に触れた自作の《詩篇42篇》と同じ素材を使っていて、ある種のセルフオマージュのようになっています。
この曲が書かれたのは、1844年のベルリン。メンデルスゾーンは、当時のプロイセン国王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世に呼ばれ、ベルリン大聖堂の合唱団(Domchor)のために典礼音楽を書くという役を務めていました。そういうわけで、1844年3月24日(「ユディカの主日」四旬節第5主日)のために、同年1月3日に作曲されたのがこの作品です。なお、ユディカの主日という名称は、詩篇43篇のラテン語での書き出しが「Iudica me, Deus」(神よ、私を裁いてください)であるところから来ています。
この作品の作曲にあたっては、典礼のためという要請のもと、無伴奏であること、ほぼ1音節に1音だけを与えること、そして朗唱風に言葉の繰り返しをできるだけ少なくすることという、作曲家としてはそれなりに強い制約が課されていました。そういったこともあってか、メンデルスゾーンにとってこの仕事は窮屈なものだったようで、結局ベルリン大聖堂での仕事はひとシーズンで退くことになり、1844年4月初めにはベルリンを離れました(Carus 版校訂者 David Brodbeck の序文による)。
それから1年。メンデルスゾーンは、妻セシルの実家の町でもあったフランクフルトで、この作品を新たに書き直すことになります。
このときには、詩篇43篇の本文に、1844年に書いていた頌栄(Ehre sei dem Vater)を組み合わせ、受難節に演奏できる一組の作品として仕上げました。その後、出版社 Bote & Bock にこの作品の出版を申し出ていることが記録に残っています。
ここでぜひ、2つの版と頌栄を、あえて3つの違う合唱団の演奏で聴いてみましょう。
初稿:シュトゥットガルト室内合唱団/フリーダー・ベルニウス指揮
https://www.youtube.com/watch?v=dI8sDA-FJuw
改訂稿:SWR ヴォーカルアンサンブル/ユヴァル・ヴァインベルク指揮
https://www.youtube.com/watch?v=k0mcRNzLX5Q
頌栄 Ehre sei dem Vater:ラトビア放送合唱団/シグヴァルズ・クラヴァ指揮
https://www.youtube.com/watch?v=-ndVww_UjVQ
改訂というと軽微な修正のように感じられますが、部分によっては、かなり大きく音楽の内容が違っています。
わかりやすい違いとしては、まず第1部の終わりの「zu deiner Wohnung」の繰り返しが1回増えています。次に、3拍子の中間部の「auf der Harfe danke」のところも長く拡張されています。そして第3部では、「Harre auf Gott」という言葉を最初に歌うのが、初稿では全員だったのに対し、改訂稿では男声だけになっていて、8声が揃うタイミングがその後ろに持っていかれています。加えて、冒頭を含む男声の旋律が改変されていて、違うメロディーになっていたりします。
そういった意味で、単純な修正というよりは、かなり大きな改変であるというのが印象深いところです。
ところが、この改訂稿が歌われることは、実はこれまであまり多くありませんでした。一体なぜなのでしょうか。
いちばん大きいこととしては、1847年に作曲家本人が亡くなってしまった結果、改訂稿が出版されないまま残ってしまったことが挙げられます。実際にこの曲が出版されたのは1849年、Breitkopf & Härtel 社からですが、このとき収録されたのは初稿でした。しかも頌栄がついていませんでした(この頌栄は1848年に Op.69 の方に収められています)。
この改訂稿が初めて出版されたのは、なんと1998年に出た Carus 版です。つまり、作曲されてから約150年間、楽譜として出回ることがなかったということです。その後、1998年から現在まで28年が経っているわけですが、インターネット上にあるメンデルスゾーンのパブリックドメインの楽譜に関しては、そのすべてが、今のところまだ初稿のみになっています。改訂稿は、作曲者の自筆譜が公開されているだけです。
楽譜を実際に見てみると、改訂稿は110小節で、初稿よりも7小節多くなっています。ご自分の楽譜を開いてみると、どちらの版かがわかるでしょう。
というわけで、つい最近まで、この作品としては初稿のバージョンばかりが演奏されてきたわけですが、ところがここ数年、改訂稿の方も演奏されるようになってきました。特に2023年以降、MDRライプツィヒ放送合唱団、オランダ放送合唱団、ラトビア放送合唱団、SWR ヴォーカルアンサンブルといった、ヨーロッパの一流合唱団が続けて改訂稿を演奏し、皆さんも聴くことができるようになっています。
2つを並べて聴いてみると、筆者としては、やはり初稿の方がいささかストイックに感じます。一方、改訂稿の方は、展開の多様さや音楽の滑らかさ、そして音色の変化の大きさを感じることができます。この曲が作曲された当初の経緯や制約などを考えると、メンデルスゾーンにとっては、改訂稿の方が納得のいくバージョンだったのかもしれません。
ただ、演奏する上では、2つのうちどちらを皆さんが好むかで選ぶことも、ひとつのあり方だと思います。録音としては初稿の方が聴きなじみがあると感じる方も多いのではないでしょうか。
180年前に作曲された歴史的な作品ではあるのですが、初稿と改訂稿を比べながらあるべき演奏を考えることは、ドイツでもまだ確定的な答えがあるという状態ではありません。今なお最先端のクリエイティブな考えをここに当てはめることができるのです。ドイツ・ロマン派の合唱というジャンルにもそういう要素があるということは、皆さんにとってだけでなく、今を生きる私たちにとっても、少し意外で少し楽しいことではないでしょうか。
現在出版されている改訂稿については、Carus 版と Bärenreiter 版があります。楽譜を注文する際には、通販でただポチッとするだけではなく、改訂稿を購入したいということを販売業者に伝える必要があるでしょう。購入の際はぜひご注意ください。
ちなみにこの改訂稿は、筆者が指揮者を務める横浜合唱協会で来年6月に演奏する予定で、さらに再来週の11月14日には、合唱団のワークショップでこの作品を取り上げる予定です。参加は無料です。興味がある方は下記のリンクをご参照ください。(柳嶋耕太)
【筆者プロフィール】
柳嶋 耕太(やなぎしま こうた)
2011年に渡独。ザール音楽大学指揮科卒業。在学中、ドイツ音楽評議会・指揮者フォーラム研究員に選出、同時にCarus出版より"Bach vocal"賞を授与される。以来、ベルリン放送合唱団をはじめとするドイツ国内各地の著名合唱団を指揮した。2017年秋に完全帰国。vocalconsort initium、室内合唱団vox alius、横浜合唱協会、Chor OBANDESをはじめとする多数の合唱団で常任指揮・音楽監督を務める。合唱指揮をゲオルク・グリュン、指揮を上岡敏之の各氏に師事。
日本の合唱作品紹介
指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。
●混声合唱とピアノのための『クリスマス歌めぐり』
女声(同声)合唱とピアノのための『クリスマス歌めぐり』
編曲:名田綾子
出版社:カワイ出版
定価:各2,530円 (税込)
声部:SATB/SMA
伴奏:ピアノ
判型:A4/64頁
ISBN:978-4-7609-4886-4/978-4-7609-4654-9
古くから伝わる名歌を新しいアレンジで楽しむ「歌めぐりシリーズ」の新作として、待望のクリスマス版が発売となりました。シリーズ第1作の「日本の四季めぐり」は女声→混声、以降のイタリア、フランス、ドイツ、イギリスはいずれも混声→女声の順で1~2年程度間を空けての製作・刊行でしたが、今回は初めて混声と女声の同時発売で、シリーズとしての定着・人気を感じます。
クリスマスソングや降誕節の讃美歌は、自然と心が弾むものばかりで、これまでにも様々な作曲家によるたくさんの素晴らしいアレンジが出版されていますが、このシリーズの特徴である、クラシックの名曲と組み合わせたお洒落なアレンジで新しい楽譜が提供されるということが、クリスマスソング好きとしてとても嬉しく思っています。
1.もろびとこぞりて
楽譜の冒頭に「クリスマスのはじまり」と記され、鈴の音が想像を掻き立ててくれます。最初に歌うのはヘンデルの「ハレルヤ・コーラス」。祝祭感にあふれたクリスマスシーズンがいよいよはじまります。「もろびとこぞりて」はローウェル・メイソンがヘンデルの『メサイア』の一部を元に編曲したものとも言われており、2曲の相性は抜群。1番に続いて歌われる5番では、各声部に「ハレルヤ・コーラス」からの引用が為され、曲も"ハレルヤ"と締めくくられます。
2.あわてんぼうのサンタクロース
数々のCMソングや「ガッチャマンの歌」「にんげんていいな」などで知られる小林亜星作曲による和製クリスマスソング。"仕方がないから踊ったよ"と歌う3番ではSwingを伴う三拍子になるなど、ストーリーにマッチした楽しいアレンジです。
3.3つの讃美歌
讃美歌「牧人ひつじを」「荒野の果てに」「ひいらぎかざろう」の3曲のメドレーを、クリスマスシーズンの定番である『くるみ割り人形組曲』の第2曲「特徴のある舞曲」から、4つのモチーフを引用して装飾しています。こうしたマッシュアップこそ、歌めぐりシリーズの真骨頂と言えます。定番同士が組み合わさって生まれる新たな輝きを楽しんでいただきたい1曲です。
4.きよしこの夜
ピアノの音に多分にジャズがが香るおしゃれなアレンジ。ユニゾンの1番、ハーモニーによる2番を終えると、神の恵みを賛美するAmazing Graceがピアノによって奏でられます。再び曲は「きよしこの夜」に戻り、第3番を輝かしく歌い終えると、また元の静かな夜へと戻っていきます。
5.ジングルベル
鈴の音が近づくと、そこに見えてきたのはそりでした。元々は感謝祭のために書かれた「一頭立てのそり」の歌でしたが、好評であったため、クリスマスでも歌われるようになり、タイトルも「ジングルベル」と改められました。今ではすっかりクリスマスの曲として定着。この曲集でも、クリスマス当日の到来を感じさせる重要な役割を担っています。ジングルベルが歌われた後、第1曲で用いられた「ハレルヤ」と「もろびとこぞりて」が華やかな彩りを添え、そこから一気に年末へと時が向かいます。第九が奏でられ、鐘の音と渾然一体となりながらクライマックスを迎えます。
Merry Christmas and Happy New Year!!
クリスマスシーズンに練習が間に合う、かつ、真夏など季節外れの感じもしない、絶妙なタイミングでの発売。まだ、シリーズで初めて女声(同声)の表記が為され、混声・女声・男声すべての編成で歌えるのも嬉しいところです。(三好草平)
【筆者プロフィール】
三好草平(みよし そうへい)
1979年埼玉県生まれ。大学卒業に合わせ合唱団を立ち上げ指揮活動を開始。現在、東京・埼玉・富山で十数団体の指揮を務めている。
同世代の作曲家への委嘱や演奏会のプロデュース、ステージマネージャー、司会など合唱に関わる様々な活動を行っているほか、合唱アニメ「TARI TARI」(2012)、アニメ「ヴァチカン奇跡調査官」(2017)、アニメ映画「リズと青い鳥」(2018)、映画「コーヒーが冷めないうちに」(2018)、TVドラマ「トップナイフ」(2020)、TVドラマ「ドクターホワイト」(2022)、アニメ映画「アリスとテレスのまぼろし工場」など多数の作品の音楽制作に協力している。
東京都合唱連盟事務局長。日本合唱指揮者協会会員。アニソン合唱プロジェクト「ChoieL」監修。小さな夜の音楽会 主宰。
