Anders Edenroth/The Real Group “Words”再考——言葉の粒、声のあいだ / 男声合唱とピアノのために「金子みすゞの見た景色」(アベタカヒロ 作曲)
世界の合唱作品紹介
国内外で活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、山﨑志野さん、仲光甫さんが数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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Anders Edenroth/The Real Group “Words”再考——言葉の粒、声のあいだ
「ことば」を歌うとき、私たちは何を歌っているのでしょうか。
歌詞には意味がある。だから、その意味を理解して、そこに込められた感情やメッセージを表現しようとします。
しかし、Anders Edenroth/The Real Groupによる“Words”(2004)に触れると、言葉の意味とはまた別のところに、自然と耳が向きます。
この作品においては、言葉は意味を伝えるためだけに存在しているのではない。子音、母音といったサウンドがあり、音節があり、そして、それらが時間の中で次々に配置されていくなかで、リズムやアクセント、音の流れ、うねりが生まれる。
言葉そのものが、音楽の素材になっているといえるでしょう。
スウェーデンのア・カペラグループ、The Real Groupのレパートリーとして知られる“Words”は、言葉をめぐるさまざまな断片が、5パートのうたと“Spoken Chorus”によって立ち上がる音楽です。
言葉は旋律を運ぶだけではなく、ときにリズムを構成し、音色となり、互いの声と交差しながら、ひとつの音響世界をつくっていきます。
けれど、私がこの作品を面白いと感じるのは、言葉のサウンドによって、音響的に興味深い現象が次々と起こっていく中に、言葉を用いるわれわれ人類の営みが感じられ、聴く人の中に何かがつながったときにはじめて音楽になるような、そのバランス感覚です。
“Words”には、そのための仕掛けが、細やかに置かれているように思います。
言葉の骨格
作品の冒頭には、Mouth、Tongue、Speak、Talk、Voicesといった、言葉を発する身体や行為にまつわる言葉が現れます。
言葉は頭の中にあるだけではない。息を吐き、舌を動かし、口を開き、声にすることで、初めて外の世界に現れる。
そして“Words”では、その「発する」という行為そのものが音楽の素材になっています。
実際に演奏に取り組んでみると、特に印象的なのが「子音」の扱いでした。
子音をどう発音するか、そして、それらをどのように次々と並べていくか。そこに意識を向けていくと、不思議なことに、その先に必要な母音のキャラクターやハーモニー、声質まで整理されていく。
「英語らしくきれいに発音する」というより、言葉の骨格を明確にすることで、音楽が湧き出てくる。
そんな感覚があります。
ニュアンスを「足さない」
一方で、この作品には、言葉に意味があるからこその難しさもあります。
言葉の意味を味わい、そこに込められたニュアンスを雄弁に表現しようとすると、かえって、今そこで起きているサウンドそのものへの意識が薄くなってしまうことがある。
そこで考えたのが、ニュアンスを「足す」のではなく、音の中に潜ませるということでした。
意味や感情を音響の表面にまとわせるのではなく、もっと細かな粒として、子音や母音、音と音との間に置いていく。
意味を捨てるのではない。
むしろ、意味や感情を十分な解像度で音の中に準備しておく。
そうすることで、言葉のニュアンスと、音響そのものの面白さが共存できるのではないか。
“Words”に取り組む中で、そんなことを考えるようになりました。
“Words”が叫びになる
この曲には、言葉が音楽として凝縮する瞬間があります。
私が特に強く感じたのは、2回目のコーラスに入る直前。
Spoken Chorusによる言葉の断片と、歌われる言葉が重なり、言葉の密度とリズムの緊張感が次第に高まっていきます。
そして、その先に現れる、
“Oh, Words!”
というユニゾン。
それまで細かく散らばっていた言葉の粒が、一瞬にして一つの声に凝縮する。
そこには、叫びにも、嘆きにも、快哉にも聞こえるものがある。
単に「Words」という単語を歌っているのではなく、言葉というものを見出した人間の驚きそのものが、声になったように聞こえるのです。
ひとつひとつの音を明瞭に作り、意味を音の中に準備してきたからこそ、その瞬間に意味や感情が音の中から溢れ出してくる。
それが、私にとっての“Words”の大きな魅力の一つです。
言葉は、ひとつの音響素材でもある
さらに楽譜を読み込んでいくと、Edenrothが言葉を「意味」だけでなく「音」として選んでいるように感じられる箇所にも出会います。
意味として近い言葉であっても、音の響きやリズム、隣り合ったときの対比によって、その役割が変わってくる。
つまり、言葉は「伝達の手段」であると同時に、音楽を構成する一つひとつの素材でもある。
それは、言葉を音楽という普遍的な言語の中に置いてみること、と言えるのかもしれません。
そして、その素材が複数の声によって同時に鳴るとき、もう一つ面白いことが起こります。
それぞれの声が完全に溶け合って一つになるのではなく、それぞれがそれぞれの場所にいる。
その声が聴き手の耳に届き、聴き手の中で初めて関係を持つ。
そこに、「声と声のあいだ」の何かが生まれる。
“Words”を実際に演奏する中で私が感じたのは、まさにその「あいだ」に生まれる音楽でした。
ことばの粒、声のあいだ
出版社は“Words”を、言葉の性質や意味、社会的役割、そして言葉が歌われたり話されたりするさまざまなあり方を扱う作品、として紹介しています。
またEdenroth自身も、別のインタビューで、音楽的な内容だけでなく、歌詞のメッセージを明確に伝えることへの関心や、歌詞を書くことに多くの時間をかけることについて語っています。
そうした言葉を通ってこの作品を振り返ると、演奏を通して感じてきたこととも重なってきます。
言葉には意味がある。
けれど、意味になる前に音がある。
その音には、子音や母音という骨格・組成がある。
そして、その一つひとつの粒が、声と声のあいだに置かれていく。
“Words”を聴くとき、また楽譜でその設計図に触れるときは、歌詞の意味だけを追いかけるのではなく、ぜひその「粒」にも耳を傾けてみていただきたいと思います。
言葉やサウンドのかけらが、あるときは真っ直ぐ並び、あるときは互いに距離を保ち、またあるときには一気に凝縮していく。
その密度の変化を聴くと、言葉が意味を伝えるより少し前のところで、音楽として立ち上がってくるものが聞こえてくるかもしれません。
そして、その先で突然出会う
“Words!”
という叫び。
言葉の、音と音とのあいだに息づく音楽。
“Words”に取り組むたび、私はそこに耳を澄ませていたいですね。
“Words”を、もっと深く、全身で。
ここまでお読みいただいて、“Words”を実際に声にしてみたくなった方へ。
現在、“Words”をテーマにしたワークショップを計画中です。
この作品にまつわるさまざまな要素を読み解きながら、実際に声を出し、聴き、響きを感じていく。そこで見えてくるのは、きっと“Words”という一曲だけではありません。
「うたう、とは」 「ことばをうたう、とは」
「合唱でうたう、とは」
そんな、もっと根っこのところにある問いです。
それらをただ教養として理解するだけではなく、皆さんそれぞれの声と身体を通して「わかる」喜びにつなげていくような時間をつくれたらと思っています。
詳細はまた、乞うご期待!
参考文献・出典
・Anders Edenroth, Words, Walton Music, WRG1012.
・GIA Publications / Walton Music, “Words” 商品紹介. https://giamusic.com/resource/words-print-wrg1012
・Musica International, “Words — Anders Edenroth”. https://www.musicanet.org/bdd/en/score/125467-words-anders-edenroth
・パナムジカ「Words — EDENROTH, Anders」. https://www.panamusica.co.jp/ja/product/22976
・WHRB, “Anders Edenroth: Musician Extraordinaire, ‘Real’ to his Core”. https://www.whrb.org/archive/anders-edenroth/
【筆者プロフィール】
仲光 甫(なかみつはじめ)
ヴォーカル・グループ jammin’ Zeb のメンバー(ステージネーム:Steve)。多数のアルバム制作や国内外での公演を重ね、メジャーリーグ開幕戦や日本ダービーでの国歌演奏など、幅広い舞台で活動している。とりわけバーバーショップ・ハーモニーやヴォーカル・ジャズなどを含むポピュラー合唱音楽を入口に、歌唱表現やハーモニーの在り方を多角的に探求。規模や立場を問わず、さまざまなヴォーカル・グループやアンサンブルと向き合い、アドヴァイザーとしても関わっており、その実践に裏打ちされた洞察やアプローチは、合唱ワークショップなどを含む、幅広い現場で信頼を集めている。
2014年には東京六大学合唱連盟定期演奏会の合同演奏を客演指揮。2026年5月には第10回全日本男声合唱フェスティバルの講師の一人として招かれた。
同年7月に開催された台北国際合唱コンクール2026では日本の混声合唱団Sizzlin’ Mixを指揮して出場。混声合唱部門にて第1位・カテゴリーウィナーに輝き、グランプリコンクールでも聴衆を魅了した。
ジャンルやコミュニティ、世代や慣習など既存の境界を越え、響き合う合唱文化の創造を目指し、日々うたい続ける。
米国 Barbershop Harmony Society(BHS)会員。
日本の合唱作品紹介
指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。
●男声合唱とピアノのために「金子みすゞの見た景色」
作詩:金子みすゞ
作曲:アベタカヒロ
出版社:カワイ出版
価格:1,870円(税込)
声部:TTBB
伴奏:ピアノ
時間:18分
判型:A4判・40頁
ISBN:978-4-7609-2066-2
こんにちは、佐藤拓です。
私事になりますが、東京稲門グリークラブという男声合唱団にかれこれ16年、指揮者として関わっています。早稲田大学グリークラブのOBで構成される団体で、平均年齢は約76歳ほど。コロナ禍でメンバーは減りつつも、現在は20名ほどで活動しています。まさにいぶし銀のシルバーコーラスグループです。
この団体で最もこだわるのは選曲で、長い人生経験を積んできたメンバーたちが、しっかりと心を寄せて歌える内容の作品を取り上げてきました。しかし、世の多くの男声合唱曲は比較的若い団体(大学合唱団やユース団体、あるいは力みなぎる30~50代の団体など)のために書かれることがほとんどで、後期高齢者を主軸とするこの年代にぴったりとハマるものにはめったに出会えません。また、20人という人数規模の点でも選択肢はさらに狭まります。
「それなら、信頼できる作曲家の方に自分たちのための曲を書いてもらおう」ということになり、アベタカヒロさんにお願いして生まれたのが、今回紹介する『金子みすゞの見た景色』です。
これまでにもジュニア向け作品や編曲作品を多く手掛けているアベさんですが、オリジナルの男声合唱曲はこれが初めてとのこと。私からは「2~3声を基本とした少人数でも歌いやすい編成」で、「この年代のメンバーが、背伸びせずに等身大で歌える作品」を書いてほしいとリクエストしました。男声でこそ歌ってほしいとアベさんが選ばれた金子みすゞの7編の詩は、いずれも日常の何気ない風景を入り口として、人間生活の機微、壮大な空想、お茶目なユーモアが花開き、根底には“生”そのものを愛おしむ無限の優しさを感じさせます。
アベさんの音楽は、詩の言葉とそれが描き出す風景とを実に丁寧に音で編み上げており、歌いながら自然と映像が目の前に浮かびあがるようです。声部は少ないのですが、その分メロディーの美しさが際立ちます。また、ピアノパートに豊かな音楽がぎっしりと詰め込まれており、雄弁に風景全体を彩っています。
初演は本年2月28日、同団の第11回定期演奏会にて、渡辺研一郎さんのピアノとともに演奏されました。お客様からの反応もよかったのですが、なにより歌ったメンバーがみな曲そのものに共振して、感動とともに歌っていたのが印象的でした。
1、二つの草
素朴な童謡風のプレリュード。仲良しだった二人がすれ違いで再会できない・・・むしろ大人のほうがズキっとくる少し切ない物語。
2、羽蒲団
寒い冬の夜に暖かい布団を自分よりか弱い存在に与えようとする優しさ。視点が変わるごとに拍子も調も移り変わる、全曲のなかでも特に変化にとんだ紙芝居のような曲。
3、浦の神輿
木遣のような力強いアカペラ部分と、祭りの後を思わせる静寂な後半部分との対比。前半しっかりと民謡風に、後半はピアノの旋法的なリフレインに浮かび上がるように。
4、輪まわし
自転車のホイールなどの溝に棒を当てて転がす昭和の遊び。生き生きとしたドライブ感のある前半から、最後は突拍子もないユーモアへいたるスケルツォ的楽章。
5、足ぶみ
孤独をいとおしむ少し寂しげな詩なのだが、音楽は終始明るくポジティブ。最後の「小道にも春が来ましたよ」の広がりは組曲のクライマックスともいえる。
6、白い帽子
童謡風の始まりから、唐突にスウィング・ジャズのグルーブへ!ピアノパートのテンションコードを感じて。2曲目同様、小さなものたちへの優しいまなざしが感じられる。
7、星とたんぽぽ
みすゞの詩の中でも有名な一編。詩そのものの感動を味わうようなシンプルな有節歌曲。アベタカヒロさんのメロディメーカーとしての本領が発揮された、美しく沁み入る終曲。
10月4日に行われる東京都シルバーコーラスフェスティバルで2曲披露する予定です。男声合唱の新しいレパートリーとして定着することを、初演者の一人として心から願っております。
【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう たく)
岩手県出身。早稲田大学第一文学部ドイツ文学専修卒業。卒業後、イタリア・パドヴァに渡り、Maria Gabriella Munari女史のもとでクラシック声楽を学んだ。アンサンブル歌手、合唱指揮者として活動しながら、日本や世界の民謡・民俗歌唱の実践と研究にも取り組んでおり、特に日本の民謡(常民の唄)から日本人の本来の「声」を見つけ出すことをライフワークと定めている。近年はボイストレーナーとして、自身の考案した「十種発声」を用いた発声指導、ワークショップを全国各地で行っている。安積道也氏の合唱指揮マスタークラスを修了。常民一座ビッキンダーズ座長。RAZMONEA主宰・指揮者、東京稲門グリークラブ、合唱団ガイスマ指揮者。国際合唱連盟(IFCM)会員。
(公式ウェブサイトhttps://contakus.com/)
