Ainava ar ganiem 羊飼いのいる風景(Ēriks Ešenvalds 作曲)/ 混声合唱とピアノのための「詩想の森 -2つのバラッド-」(信長貴富 作曲)
世界の合唱作品紹介
国内外で活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、山﨑志野さん、仲光甫さんが数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Ainava ar ganiem(羊飼いのいる風景)
作曲:Ēriks Ešenvalds(エーリクス・エシェンバルズ)
声部:混声合唱 SSSAATTBB+soli
伴奏:ア・カペラ
言語:ラトビア語
時間:7分20秒
ラトビアは広大な草原や牧草地が広がっており、森林は国土の約5割以上を占めます。飛行機でラトビア上空から国を眺めると、首都のリガでさえも、緑が広がり、空港に降り立てば、今の時期は、木々や草花の香りが出迎えてくれます。今回は、そんなラトビアで生まれたラトビアの羊飼いにまつわる民謡を用いて作曲された作品を紹介します。
本作品は、2014年にラトビア音楽院の混声合唱団と民俗音楽学の学生によって初演をされており、土着的なラトビア民謡と合唱の響きによって、羊飼いが経験する様々な感情を描いています。羊飼いである3人の女声ソリストと、2人の男性ソリストによって素朴に歌われる民謡を通して、若い羊飼いたちが成長していく姿、そして厳しいラトビアの冬を生き抜く粘り強さ、そして、「樫の木のように大きくなりますように」という子供への希望まで、幅広い感情が歌われます。初演では、このソリストたちは民族音楽学の学生たちによって担当され、その後も再演されたラトビア国立合唱団による演奏でも、民俗音楽演奏家によって演奏されています。民謡は、羊飼いにまつわる様々な民謡が用いられており、合唱によって歌われるボカリーゼの響きの元、展開されていきます。ボカリーゼで奏でられる合唱は、長い音価で伴奏のように運ばれますが、和音の響きだけでなく、母音の変化を用いることで風景が描写され、また、時にはフリーリズムで発音される子音の音で霧や霜に光る粒のような空間を描きます。合唱がアップテンポで盛り上がる中間部では、バグパイプの響きを彷彿させる5度の響きの中で、軽やかなウッドスティックの音と共に、放牧の季節の訪れと、その喜びを合唱で歌います。最後には、疲れ果てた若い羊飼いたちが休みを求め、夕暮れを待ち望み、それぞれに羊たちを呼び寄せる呼び声を上げ、音はデクレッシェンドと共に遠くへと消えていきます。
風景描写をするかのような合唱の響きはもちろんのこと、ラトビアの民謡の響きとの融合は、「Northern Light」 や、「Stars」、「O Salutaris Hostia」といったエシェンバルズの代表的な作品とはまた一味ちがった音空間です。
是非、聴いてみて、取り組んでみてください。(山﨑志野)
録音
YouTube https://youtu.be/_DPIH4M8GAI?si=1iNm-T5pymNreOU4
楽譜 https://www.musicabaltica.com/1709.html
(楽譜はパナムジカでご注文いただけます。)
【筆者プロフィール】
山﨑 志野 (やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学び、学士課程および修士課程合唱指揮科を修了。2022年にはストックホルム王立音楽大学の修士課程合唱指揮科で学ぶ。2023年9月よりラトビア放送合唱団のアルト、またラトビア大学混声合唱団Dziesmuvaraの指揮者として活動する。第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位、第8回若い指揮者のための合唱指揮コンクールでは総合2位およびオーディエンス賞を受賞。合唱指揮を松原千振、フリェデリック・マルンベリ、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。
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●混声合唱とピアノのための「詩想の森 -2つのバラッド-」
作詩:長田弘
作曲:信長貴富
出版社:カワイ出版
価格:2.420円(税込)
声部:SATB
伴奏:ピアノ(+弦楽五部)
時間:約20分30秒
判型:A4判・64頁
ISBN:978-4-7609-4879-6
今回紹介する曲のテキストとなった『詩ふたつ』(クレヨンハウス、2010年)は、題名通り「花を持って、会いにゆく」「人生は森のなかの一日」という長田弘の詩2篇とグスタフ・クリムトの画が収められた詩集です。あとがきによると、刊行の前年に亡くなられた長田の妻の瑞江さんとの思い出に捧げられており、「詩ふたつ」は「死ふたつ」「志ふたつ」としても書かれた組詩である、と詩人は述べています。この死生観たっぷりの詩集は作曲家のイメージを喚起し、以下の曲が同詩に作曲されています。
・相澤直人作曲:混声合唱のためのメタモルフォーゼ《詩ふたつ》(2014年)
・松本望作曲:混声合唱とピアノのための組曲《花と森と人と》(2022年)
ちなみに、どちらの曲も初演指揮は名島啓太です。
そうした詩に2021年から22年にかけて信長貴富が作曲したのが《詩想の森 -2つのバラッド-》です。曲成立の経緯は楽譜前書きにも転載されている初演時のプログラムノートに詳しいのですが、信長が「生涯たったひとりの師匠」と呼ぶ栗山文昭から直接作曲依頼が届き、栗山の死を想像してしまった(不謹慎ですみません、でもこう書かれているんです……)信長が、2週間ほどで作曲したのが第1曲、その後に初演団体や楽器編成が決まり改めて作曲されたのが第2曲ということになります。
〈花を持って、会いにゆく〉はハ長調、柔らかい「Andante pastorale」から歩みが始まります。時おり出てくるテノールソロは「なくなった人」という役割で、生者である合唱と対話をします。中間部では死者との思い出を語るまた別のソロが現れますが、決して暗い雰囲気ではなく全体的に淡く明るい独特のトーンで曲は進められます。ソロのほか一部で女声四部合唱や少人数による女声合唱もありますので人数は必要かもしれませんが、難易度はそこまで高くない印象です。
〈人生は森のなかの一日〉は「木」が主題だからか開始直後からどっしりとした音楽。混声六部合唱のdivisionでカノンが奏でられる部分は、木が増えて森になっていく様子を表しているようです。中間部では原詩にもある鳥の鳴き声が奏でられます。詩の最終部分で死を意識したことばが綴られる部分は詩単独でもじゅうぶん美しい名文なのですが、外声・内声それぞれの男女のペアで歌われると詩人夫妻やさらには人類の営みへと視点が広がっていくようで涙腺が緩みます。やがて人間の言葉は鳥の鳴き声のなかに収斂していき曲は終わります。
今回の出版は混声合唱とピアノの版ですが、初演はピアノと弦楽五部の伴奏でした。レンタル楽譜として提供されるようですので、演奏をご検討の方は弦楽器入りの演奏を一度聴いてみてはいかがでしょう。合唱団 響による「演奏会2022 〈C.H.に〉」での初演がCD(日本アコースティックレコーズ、NARC-2188)として発売されているほか、合唱団ぽっきりがYouTubeに演奏動画をアップロードしています。
【筆者プロフィール】
坂井 威文(さかい たかふみ)
1988年、大阪府堺市に生まれる。近畿大学文化会グリークラブで3年間学生指揮者を務める。大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻卒業、同大学院音楽学研究室修了。大学卒業時に優秀賞受賞。これまでに第13回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、リトアニアでの演奏などを経験。
現在、大阪などで13団体の合唱団の指揮・指導を行なっている。大阪府合唱連盟理事・関西合唱連盟主事。宝塚国際室内合唱コンクール委員会理事。
ウェブ上では多田武彦、信長貴富、鈴木輝昭、千原英喜、石若雅弥の各氏の作品を一覧化するWikiページの作成・管理を行なっている。
