Barbershop Harmony / 混声合唱とピアノのためのグリーグ歌曲集「ソルヴェイグの歌」(寺嶋陸也 編曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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本日のアメリカ合唱曲紹介は、曲でも作曲者でもなくジャンルを紹介したいと思います。日本でも1990年代から少しずつ広まりはじめた、とっつきにくい、上手く歌えない、日本人が苦手、と評判(?)のBarbershop Harmonyです。今年は来日するグループもあるとのことですので、Barbershop普及のための記事をがんばって短く書きたいと思います!
 
Barbershopは19世紀中盤に黒人社会で譜面も読めない人が音遊びをしはじめてできた音楽と言われています。男声カルテットのイメージが強いジャンルですが、記録に残っている最古のカルテットには女性がいることもわかっています。時代の流れもあり現在ではカルテットでもコーラスでも混声・女声・男声と多岐にわたる構成で歌われています。
 
リードがメロディー、ベースは5度と根音中心、テナーがリードの上、バリトンがその下とハーモニーを作ります。業界内(?)ではDominant 7thがBarbershop 7thと称されていることでもわかるように、7thを多用してCircle of the 5thで進めていく音楽というのがわかりやすいかと思います。昔はコンテストで使用される曲で7thが30%を占めていないと減点がつくほどのこだわりです。
 
ちなみにBarbershopで歌われる曲のほとんどが「編曲」であり「作曲」ではありません。その時代の流行りの曲を口ずさみでハモることから始まっていますので、とっつきのよさが売りなんです。。。

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Wait ‘Till the Sun Shines, Nellie (1905年のヒット曲)
YouTube動画: https://www.youtube.com/watch?v=5Xe8VxCTV8w
*この動画で歌われている編曲は、オリジナルの編曲の編曲。(すみません)
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この動画前半からもわかるようにゆっくりの曲(バラード)は譜面に書かれている音の長さで歌われることが必須ではありません。意味が通り、気持ち良く歌えるように自分たちにあったように歌うのが特徴です。
 
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Come Fly with Me (Sinatraで有名ですね)
YouTube動画: https://www.youtube.com/watch?v=CLioo5x_Bkg
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この動画で注目してほしいのは母音とハモリパートの音量です。Barbershopで肝心なのは母音を揃えてフォーマントを限りなく揃え、倍音をならしにいくことです。ポップスが原曲だからといって母音を横に開いてはもうそこでおしまいです。あとバリトンは控えめに!というコメントを聞くことがあるのですが、ちゃんと母音がそろって音色がよければ控えめにする必要はありません。
 
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It Only Takes A Moment (from musical “Hello Dolly!”)
YouTube動画: https://www.youtube.com/watch?v=CLioo5x_Bkg
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動画などではあまり気づきませんが、Barbershop Chorusは「カンブレ」(Stagger Breathing)の鬼です。音楽が途切れないように、また音楽が途切れた瞬間で何を感じてもらうかを重要視しています。Shameless Plugですが、この動画での母音の揃い様とカンブレの質はすごいと思います。

もうお気づきだとは思いますが、Barbershopではテナーは実声で歌いません。かなり響きを前に出したファルセットを使います。あとカルテットでのリード以外はビブラートもかけません。
 
何曲かの動画を紹介しておきますが、正しい指導があれば日本人でもできます。とりあえず手始めに何かを歌ってみてはいかがでしょうか?
 
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You Don’t You Won’t (Crossroads)
YouTube動画: https://www.youtube.com/watch?v=Dll4Bc1hdII

If You Love Me Really Love Me (Double Date)
YouTube動画: https://www.youtube.com/watch?v=HsALqGxkieg

Rhapsody of Blue (Ambiance)
YouTube動画: https://www.youtube.com/watch?v=OI3cx-fnDXY

Notre Dome Medley (Ringmasters)
YouTube動画: https://www.youtube.com/watch?v=Qo_N9_ZFBhs&t=118s

From Now On / Come Alive Medley (Westminster Chorus)
YouTube動画: https://www.youtube.com/watch?v=bLwblLkxQDw

Seventy-Six Trombones (Ambassadors of Harmony)
YouTube動画: https://www.youtube.com/watch?v=QmDGntpZC3I
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2012年カルテットチャンピオンのRingmastersが今年夏に来日予定だそうです。お楽しみに。チケットはすぐに売れてしまうと思いますので、みなさん早めの購入をお勧めいたします。(市川恭道)
 
紹介した動画に使われている楽譜購入についてはパナムジカにお問い合わせください。

【筆者プロフィール】
市川恭道(いちかわ・やすみち)
関西学院大学卒業。在学中はグリークラブに所属し合唱の基礎を培う。本場でバーバーショップを学ぶため2008年渡米。Masters of HarmonyとThe Westminster Chorusに所属し、2008年、2010年、2019年とバーバーショップ国際大会で優勝。また渡米後、声楽・合唱指揮のプロになることを志し、カリフォルニア州のFullerton College声楽科を卒業。その後、同州Azusa Pacific University(APU)大学院声楽科・指揮科を修了する。APU在籍中はアシスタントとしてOratorio Choir、University Choir and Orchestra、Opera Workshopの指導に携わり主に宗教音楽、オーケストラ指揮、オペラ指揮を学ぶ。現在、Westwood Hills Congregational Church音楽主事、The Westminster Chorus代理指揮者、Los Angeles Men’s Glee Club指揮者としてコーラスの指導にあたり、歌い手としてはLong Beach Camerata Singers、Pacific Choraleに所属する。日本ではアメリカ音楽、Barbershop Harmonyの指導に力をいれ、帰国時には練習指導・講習会を開いている。指揮をDonald Nueun、Dr. John Sutonに、声楽をDr. Katharin Rundus、David Kressに師事。American Choral Directors Association (ACDA)、Choral America、Barbershop Harmony Society (BHS)会員。

 

日本の合唱作品紹介

新進気鋭の若手指揮者、佐藤拓さんと田中エミさんのお二人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

●混声合唱とピアノのためのグリーグ歌曲集「ソルヴェイグの歌」
編曲:寺嶋陸也
日本語詞:谷川俊太郎、覚和歌子
出版社:音楽之友社
声部:SATB div.
伴奏:ピアノ伴奏
言語:日本語、ノルウェー語併記

ここでは新譜、旧譜を取り交ぜてご紹介していますが、今回は2010年に発行された谷川俊太郎さん・覚和歌子さんの訳詞、寺嶋陸也さん編曲による《混声合唱とピアノのためのグリーグ歌曲集「ソルヴェイグの歌」》をご紹介します。

この曲集の大きな魅力は、グリーグの名歌曲を日本語で、しかもコーラスで歌えるというところにあります。

ノルウェーを代表する作曲家、エドヴァルド・グリーグ(1843~1907)は2007年に没後100年を迎え、その記念プロジェクトの一環としてこの曲集の女声合唱版が制作されました。

アンデルセンやイプセンなどの詩に、詩人の谷川俊太郎さんと覚和歌子さんが訳詞をお書きになっているのですが、原詩の内容を残しつつも、お二人の詩人の世界観が加わったドラマチックな訳詞となっています。女声合唱版の8曲に加えて、この混声版では「白鳥」(谷川俊太郎 訳詞)が加わり全部で9曲となりました。

「君を愛す」Jeg elsker Dig Op.5-3
H.C. アンデルセン 詩:覚和歌子

「二つの茶色い目」To brune Øjne Op.5-1
H.C. アンデルセン 詩:谷川俊太郎

「ヴェスレメイ」Veslemøy Op.67-2  
A.ガールボーグ 詩:谷川俊太郎

「さくら草」Med en Primulaveris Op.26-4
J.パウルセン 詩:覚和歌子

「子守唄」Margretes Vuggesang Op.15-1
H.イプセン 詩:覚和歌子

「春」Våren Op.33-2
A.O. ヴェニエ 詩:覚和歌子

「流れに沿って」Langs ei Å Op.33-5
A.O. ヴェニエ 詩:谷川俊太郎

「白鳥」En Svane Op.25-2
H.イプセン 詩:谷川俊太郎

「ソルヴェイグの歌」Solveigs Sang Op.23
H.イプセン 詩:覚和歌子

「春」は弦楽曲でも有名ですね。

グリーグは若い頃にドイツのライプツィッヒで音楽を学んでいますが、祖国に戻ってからもノルウェーの自然や民族への想いを絶やすことなく創作を続けた国民楽派の一人でもあります。グリーグの歌曲もノルウェー民謡から音楽のインスピレーションを得ています。

ノルウェー語という、日本人には馴染みの薄い言語の特性もあって、グリーグの歌曲が演奏される機会が国内では少ないようですが、この編曲を通してその旋律の親しみやすさ、そして奥深さを体験することができます。

女声合唱版ではピアノパートが原曲のまま使われており、日本語の歌詞でソロで歌うということも可能ですが、この混声版ではピアノパートが合唱に移されてア・カペラで演奏するなどユニークな編曲も加わり、合唱作品としての楽しみもより増えています。

曲集の最後には、このプロジェクトに関わった井上勢津さんによる原詩の翻訳と、逐語訳や発音のポイントが丁寧に記載されています。ノルウェー語で演奏されるときには、井上さんに言語指導をご依頼するのもいいでしょう。ノルウェーという国の自然や文化などの背景についてのお話しも交えながらわかりやすくご指導くださいます。

昨年に亡くなられたノルウェーの歌手・合唱指揮者であり、私も家族のようにお世話になったカール・ホグセット(Carl Høgset)さんもこの編曲の際の原語の歌詞付けに協力をくださったそうです。ホグセットさんの指揮で、別の編曲ではありましたが「春」を歌った記憶が蘇ります。

小鳥たちの歌声に耳すませば
ともに生きた数えきれない思い出
この日々にやすらかな明日を夢見て (「春」より 谷川俊太郎 訳詞)

まもなく1年目の命日を迎えられるホグセットさんにも想いを馳せつつ、この文章を書かせていただきました。(田中エミ)

【筆者プロフィール】
田中エミ (たなか えみ)
国立音楽大学音楽教育学科卒業。在学中は松下耕氏のゼミで合唱指揮を学ぶ。同時期より栗友会に参加し合唱の研鑽を積んでいる。器楽指揮を髙階正光、今村能に師事。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞。2013年にノルウェー、オーストリアへ短期留学。現在、子どもから大人まで、幅広い世代の合唱団を多数指導。アンサンブルピアニスト。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。