Lūgšana 祈り / Pater Noster 主の祈り(Andris Dzenītis 作曲)/ 男声合唱とピアノのための《祈り》(新実徳英 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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Lūgšana (祈り)/Pater Noster(主の祈り)

● Lūgšana (祈り)/Pater Noster(主の祈り)
作曲: Andris Dzenītis(アンドリス・ゼニ―ティス)
声部:SATB div.
出版社:Musica Baltica
伴奏:アカペラ
言語:ラトビア語/ラテン語
時間:5分00秒

 比較的暖冬の、この年。12月を迎えましたが、この時期になると思い出す作品は、二年前2023年12月19日にラトビア放送合唱団で歌ったラトビア人作曲家、アンドリス・ゼニ―ティスのアカペラ作品です。今回はその作品を紹介します。
 1978年生まれのゼニ―ティスは、1990年代以降のラトビア音楽において重要な存在の一人であり、交響曲をはじめとした大編成のアンサンブルの音楽を通し、大規模な音響構成による空間の質感は高く評価されており、彼の交響曲は国内外で演奏されています。合唱作品においても、多声部による、複数の層を折り重ねられたアカペラによる重厚な響きをもつ作品が特徴的で、ラトビア放送合唱団による委嘱作品もいくつか手掛けられています。そのため、この楽譜を渡された際、どんな作品なのだろうと少しだけ身構えたのですが、歌ってみると、一貫して4声のホモフォニックで書かれ、彼のそれまでの作品に比べ、シンプルでであったことに驚いたことが印象に残っています。
 本作品は、Pater Noste(主の祈り)のテキストが用いられて作曲されており、ラトビア語版とラテン語版が出版されています。この作品は、委嘱を受けて書かれた作品ではなく、ただ自分自身のために書いた、とゼニ―ティスはコメントしています。この作品が作曲された2023年、ゼニ―ティスは、静かに、ゆっくりと、誰かに焦らされることなく、音を書くことが許されたと感じる瞬間を待ち望みました。そして、待降節第一日曜日を待つ中、ついにその時が彼に訪れ、作曲をしました。その様は、音にも表れるかのように、静寂の中で時が止まったかのようにシンプルでつつましい賛美歌です。バスの低音が終始特徴的で、それにより4声の音域は広がりを持ち、静寂のなかに独特な深みを生みます。永遠に途絶えることのないような旋律共に、静寂からゆっくりと、穏やかにフォルティシモへ向かい、最後のピアニシモの「Amen」へと流れていく様は、ゼニ―ティスの師匠、ペーテリス・ヴァスクスを思い出します。
 ゼニ―ティスはこの作品以来、同様の動機でいくつか合唱のアカペラ作品を作曲しており、あらゆるレベルの合唱団向けに作曲されています。また、いくつかの作品は、本作品と同様、二言語による版が出版されており、miers ar dzīvām acīm / peace with living eyes (2024)、Mīlestībai / To the love(2025)は、ラトビア語版、英語版が出版されています。ラトビア語に自身のない合唱団にも、ゼニ―ティスの作品に触れられる良い機会になるかもしれません。(山﨑志野)
【音源】
https://youtu.be/iZ7WGCuN1S0?si=E0ug3kbxcrp-9Hvx
【楽譜】
ラトビア語版 https://www.musicabaltica.com/lugsana.html
ラテン語版 https://www.musicabaltica.com/pater-noster.html

※楽譜はパナムジカでもお求めいただけます。

山﨑 志野 (やまさき しの)

【筆者プロフィール】
山﨑 志野 (やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学び、学士課程および修士課程合唱指揮科を修了。2022年にはストックホルム王立音楽大学の修士課程合唱指揮科で学ぶ。2023年9月よりラトビア放送合唱団のアルト、またラトビア大学混声合唱団Dziesmuvaraの指揮者として活動する。第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位、第8回若い指揮者のための合唱指揮コンクールでは総合2位およびオーディエンス賞を受賞。合唱指揮を松原千振、フリェデリック・マルンベリ、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。

 

日本の合唱作品紹介

指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

男声合唱とピアノのための《祈り》

●男声合唱とピアノのための《祈り》
作曲:新実徳英
作詩:中原中也
出版社:カワイ出版
価格:1,540円(税込)
声部:TTBB+Pf.
伴奏:ピアノ
時間:約7分20秒
判型:A4判・24頁
ISBN:978-4-7609-4348-7

 あけましておめでとうございます。今年も本連載をよろしくお願いします。
 この連載では日本の合唱曲の近刊を基本的に取り上げているため、紹介する作品も必然的に新しい作品が中心になるわけですが、今回紹介する作品は昨年11月に出版されたものの、日本の合唱曲としてはかなり歴史のある作品です。
 それが新実徳英の《祈り》です。この作品が令和になって出版されるのは筆者にとって衝撃でした。なぜ衝撃かというと、1982年に初演されて以来幾たびも再演がありながら未出版のままだった、いわば幻の作品だったからです。特に初演団体である崇徳高校グリークラブの演奏は、高校生とは思えないほどの集中力に満ちた伝説的名演です。その演奏はCD『珠玉のハーモニー 全日本合唱コンクール名演復刻盤 Vol.2』(1994年)に収録されています。なんとこちらのCDも昨年10月にサブスク解禁!時代ですね〜。(https://linkco.re/QB8Yqx6t)
 前書きには2015年に改訂された旨の記載がありますが、こちらはおそらく初演団体である崇徳高校グリークラブの2016年度全日本合唱コンクール自由曲としての改訂ではないでしょうか。高校の部の自由曲の制限時間は6分半。省略とともに全体の見直しをしたのではないか、というのが筆者の推理です。(ほかの可能性として、愛知の男声合唱団 響が2014〜15年に取りあげています)
 そして出版の直截の契機となったのが、男声合唱団ノヴァーリスによる再演。ノヴァーリスはこの曲を自由曲に引っ提げ、昨年の全日本合唱コンクール 同声合唱の部で金賞・佐賀県教育委員会教育長賞を受賞しています。
 曲はテキストに合わせて3つの部分に分かれます。
 まずはキリスト教のレクイエムの典礼文から奉献唱(Offertorium)の「賛美の生け贄と祈り (Hostias)」。作曲者自身はキリスト教徒ではないことを前書きで断っていますが、あえてキリスト教のことばを借りて自身の「祈り」を作品として浄化させ一般に敷衍するという狙いも若さ漲る筆致で記しています。印象的なピアノの5連符が背後で蠢くなか、典礼文がア・カペラの響きを纏って歌われます。筆者の調べでは、最初の歌詩「Hostias」が出てくるまでヘテロフォニー風の部分と「Domine laudis offerimus」の繰り返しが初演版から短縮されているようです。
 続いて歌われるのは中原中也の「祈り」という詩。ホモフォニックに歌われる「死の時には私が仰向かんことを!」の一行は、男声合唱で歌われるとたまらない魅力に溢れています。音楽はテンポとダイナミクスを上げて熱量を帯びていきます。
 ひと段落して再び「Hostias」が短く現れると、中也の別の詩「我が祈り」の第3・4連が歌われます。この詩の副題は「小林秀雄に」とあります。本連載の拙稿「昼夜、想う中也」(2025/2/28付)でも触れましたが、この二人のあいだには映画の題材になるほどのドラマがあったようです。詩の第4連「噫! やがて」に入る直前の「Ah」の繰り返し回数が減り、一度強弱を落とすのではなく一直線に盛り上がりへと突入するのが初演版との2つめの相違点。エンディングはここまでの熱さはどこへやら、静まりかえった中でひたすら美しいメロディが奏でられます。
 この出版が希望を持たせてくれたのは、往年の未出版曲でも再演で取り上げる団があれば出版の機会があるかもということ。Xの合唱クラスタでは出版が望まれる作品の名前がいくつか上がっていました。個人的には、合唱団WAKAGE NO ITARIが2025年再演した《遠い国》や同じく崇徳グリーの委嘱作《メッセージⅡ》、淀工グリー委嘱《怪物たちの雑踏のなか》といった髙嶋みどりの作品群はぜひ出版してほしいところです。各出版社さん、お願いします!
 それでは、本年も皆さまが幸福な一年でいられますよう、お“祈り”をさせていただき本稿を終わります。

坂井 威文(さかい たかふみ)

【筆者プロフィール】
坂井 威文(さかい たかふみ)
 1988年、大阪府堺市に生まれる。近畿大学文化会グリークラブで3年間学生指揮者を務める。大阪音楽大学ミュージックコミュニケーション専攻卒業、同大学院音楽学研究室修了。大学卒業時に優秀賞受賞。これまでに第13回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、リトアニアでの演奏などを経験。
 現在、大阪などで13団体の合唱団の指揮・指導を行なっている。大阪府合唱連盟理事・関西合唱連盟主事。宝塚国際室内合唱コンクール委員会理事。
 ウェブ上では多田武彦、信長貴富、鈴木輝昭、千原英喜、石若雅弥の各氏の作品を一覧化するWikiページの作成・管理を行なっている。