TJAK!(Stephen Hatfield 作曲)/ やなせたかしの詩による二部合唱曲「ひざっこぞうのうた」(信長貴富 作曲)
世界の合唱作品紹介
海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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● TJAK!
作曲:Stephen Hatfield (スティーブン・ハットフィールド)
出版社:Gehrmans
声部:4 Part
伴奏:ア・カペラ
言語:ヴォカリーズ
時間:4分
上半身裸の男性たちが、独特の掛け声を発しながら展開する、バリ島のケチャ-本日ご紹介する「Tjak!」は、この伝統儀式を即興的に表現する合唱作品です。カナダ出身で、各地の伝統音楽の要素を取り入れるスタイルを持つ、スティーブン・ハットフィールドによって作曲されました。作品の目的は、「伝統的なコンサート合唱団に部族の行事に参加する機会を与え、パフォーマンス中に生じるリスクとアドレナリンの興奮を経験させること」と作曲者が定めています。
バリ島は、インドネシアの首都・ジャカルタのあるジャワ島の隣に位置する、人口約390万人の島。多民族国家インドネシアにおいて、バリ島に住む民族はバリ人が多く、バリ島の文化とヒンドゥー教が結びついた「バリ・ヒンドゥー教」が生活に根ざしています。
ケチャは、古来から伝わる「サンヒャン」という呪術的な舞踊をベースに、20世紀前半、ドイツ人画家ヴァルター・シュピースの提案によって芸能として発展しました。現在は、古代インドの叙事詩『ラーマーヤナ』を題材とする舞踊劇として演じられています。ヴィシュヌ神の生まれ変わりで弓が得意なラーマや、女神の娘のシータ姫、黄金の鹿キジャン(魔王ラワナの化身)、猿の神様のハヌマーンなどが繰り広げる、神話のストーリーです。
音楽的には、声を打楽器のように使い、複数のリズムパートを絡ませることで、躍動感や高揚感を生み出すことが特徴です。主旋律を刻むパートがメトロノームのように基本的な四拍子を刻み、全体のリズムを保ちます。単独でメロディーを歌うパート、そして、他のリズムパートは混ざりあって座り、サルの鳴き声を模倣した音程を持たない「チャッ」「チャッ」というような発声を行います。ケチャ(kecak)は、 バリ島では「k」を発音しないため、実際にはチャと発音されます。このようにそれぞれのパートが一定のリズム・パターンを持っており、これが全体として合わさると「チャチャチャチャ・・・」という連続した16ビートのリズムのように聞こえる構造です。興味深いことに、ケチャのリズムは、悪魔祓いも目的としており、悪魔はまっすぐにしか動けないため、シンコペーションによってリズムの迷路を形成し、悪魔を遠ざけることができると信じられているそうです。
本作でも、実際のケチャのように歌手はグループに分かれて座り、それぞれのリズムパートを担当。指揮者も正しい演奏方法も存在しません。2小節ほどのリズムパターンが繰り返され、展開していく構成で、どのタイミングで次に移るかは「Caller」と呼ばれるリーダーに任されています。リズムパターンとともに、短2度の緊張感あるモティーフや、手拍子などが徐々に入ってきて、中間部では、リーダーと合唱の応唱になります。メロディーの要素が再びケチャのリズムへと戻り、阿吽の呼吸で突如終わりを迎えるように書かれています。作曲者は、この作品で生まれる空間を、「伝統的な合唱団のレパートリーでは通常実現不可能な、『実践の場』」と表現します。そのために必要なのはその瞬間を生きること。
私たちは、過去の失敗や心の傷、また未来への不安に多くの時間を使ってしまう傾向にありますが、今に集中することで、神様とつながることができ、自分が被造物であることを思い出させてくれます。ケチャに見られるように、目に見えないものに重きを置き、悪魔を祓う行為は、土地や人々の安全と発展にとって重要であり、切実な祈りです。本作は、9月15日(月・祝)に日暮里サニーホールで開催されるNoema Noesisのコンサート「きょらさ ー海を渡った祈りのうた」で演奏予定です。オーストロネシア(南島)の島々に息づく祈りのうたをテーマに、台湾、フィリピン、インドネシアからオセアニアの神事にまつわる歌や、民謡をお届けします。三万年前、うたは人々とともに海を渡りました。今も歌い継がれるうたを通して、歴史的、文化的な時空を超えた人類のつながり、そして、神様とのつながりを感じる空間をご一緒に創っていただけたら幸いです。ご来場お待ちしています!(堅田優衣)
【筆者プロフィール】
堅田 優衣(かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。
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●やなせたかしの詩による二部合唱曲「ひざっこぞうのうた」
作曲:信長貴富
作詩:やなせたかし
出版社:カワイ出版
定価:1,980円 (税込)
声部:SA
伴奏:ピアノ伴奏
判型:A4判/56頁
ISBN:978-4-7609-1785-3
今回は旧譜紹介です。ご紹介するのは信長貴富さん作曲の『やなせたかしの詩による二部合唱曲集 ひざっこぞうのうた』です。
基本は二部合唱で難易度も高すぎず、ピアノがドラマチックで楽しい、子どもたちのための作品です。
浜松少年少女合唱団の創立15周年(2013年)に「希望の歌」「愛するネッシー」「ありがとう野菜」の3曲が初演されてから、2016年に「ひざっこぞうのうた」「すてきなおじいさん」、そして、2017年に「オランウータン」が加えられて岸信介指揮、渡邊渚ピアノにより全曲初演され、出版されました。
今年はNHKの朝ドラは「あんぱん」でも話題になっているやなせたかしさん。
やなせさんは実際に戦争に行き、また弟さんを戦争で亡くされています。世の中の価値観がひっくり返る経験をして、そこから長い時を経て「アンパンマン」を生み出しました。
そんなやなせさんの詩には、さびしい境遇とそれに負けない強く前向きな気持ちが歌われています。
希望の歌
空に向かって伸びる若木、飛び立とうとする小鳥、寂しさを紛らわしながらも前に進もうとする若者。それら全てを鼓舞する軽快な応援歌です。
ひざっこぞうのうた
子どもの膝っこぞうは何故かいつも傷だらけ!どこか哀愁漂う童歌風のメロディが弾みます。
すてきなおじいさん
やなせさんの〈おじいさん・おばあさん像〉なのでしょうか。ユーモアたっぷりでポップな歌です。
愛するネッシー
未確認動物のネッシー。少しはにかみ屋で寂しがり屋のこいつは、主人公がこれから巡り会う未知の友かもしれません。曲集のクライマックスとも言える感動的な作品です。
オランウータン
絶滅危惧種でもあるオランウータンが都会の動物園の檻の中から人間たちを鑑賞。皮肉たっぷり、そしてメッセージ性の強いブルースです。
ありがとう野菜
「希望の歌」と対になる、曲集の締めくくりに相応しい作品。健気に自分の命を捧げる野菜たちへ愛情に満ちた眼差しを向けています。
作曲にあたり信長貴富さんは幅広い年代の児童合唱団でもとくに小さい子たちに目線を合わせて書かれたそうですが、女声合唱でも大いに楽しく演奏できる深さを持った作品と言えます。
曲集の中からピックアップしてもよいでしょう。(田中エミ)
【筆者プロフィール】
田中エミ(たなか えみ)
福島県出身。2003年、国立音楽大学音楽教育学科卒業。大学では、松下耕氏ゼミにて合唱指揮と指導法を学ぶ。また、同時期より栗山文昭のもと合唱の研鑽を積む。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞し、2013年にノルウェーとオーストリアに短期留学。2022年、武蔵野音楽大学別科器楽(オルガン)専攻修了。現在、合唱指揮者として幅広い世代の合唱団を指導。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。
(公式サイト https://emi-denchan.com/profile/)
