I Dream a World(Dr. Andre J. Thomas 作曲)/ 「星曜日・風曜日」女声合唱のために(糀場富美子 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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みなさま、明けましておめでとうございます。ひさしぶりの雨かと思えばハリケーンで洪水が起こっているカリフォルニアより、去年に引き続きMartin Luther King Jr. の祝日にちなんでアメリカ黒人音楽のスペシャリストDr. Andre J. Thomas作曲、Langston Hughes作詞の「I Dream a World」を主に紹介いたします。
 
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Dr. Andre J. Thomasはカンサス州ウィチタで生まれ、大陸横断鉄道へのバス清掃をしていた母親にもち、幼少期はバプテスト黒人教会に通い育ちました。独学でピアノを学んでいたThomasですが、中学高校で合唱のクラスをとりましたが「黒人のバカにしたような発音を使う」黒人霊歌・ゴスペルを歌うことをよしとしませんでした。
 
16歳の若さで教会の音楽主事になり、その後大学でピアノを専攻しFriends University(学位)、Northwestern University(修士)を収めています。高校教師の経験から指揮と教育に興味を持ち、University of Illinoisで指揮と教育の博士号を修めました。
 
その後の経歴は華々しく、Florida State University, University of Texas in Austin, Yale Universityで教鞭をとり、またゲスト指揮者として世界中で活躍されています。World Youth Choirの指揮も2度されています。

James Mercer Langston Hughes (1901-67)はミズーリ州出身の黒人詩人でアクティビストです。Jazz Poetryの先駆者でいわゆるハーレムルネサンスと呼ばれるムーブメントのリーダーでした。ルーサー牧師が先導した公民権運動中にもそれを支持するような作品を多く残しています。

“I Dream a World”はひどい黒人差別を経験しつつも将来に希望をもち、すべての人々が自由に生きられる「完璧」な世界を夢見ることを謳った詩です。

曲の冒頭は流れるような心地よい伴奏に何も葛藤のみえないようなメロディーにのせて「私は夢を見る」といった声明から始まります。伴奏と歌詞・メロディーの対比が生まれる中盤では現在おこっている苦しみや葛藤を表していますが、必ず「私は夢を見る」という歌詞・メロディーにつながるように表現されています。なんども繰り返される美しくも儚い歌詞・メロディーが切実な思いを表しています。
 
Martin Luther King Jr.にちなんで紹介しました。ぜひとも下記のリンクから詩、音楽をお楽しみください。譜面の購入はパナムジカまでお知らせください。(市川恭道)

“I Dream A World” by Langston Hughes
https://allpoetry.com/I-Dream-A-World

“I Dream A World” written by Dr. Andre J. Thomas
https://www.youtube.com/watch?v=-QKP3QxqiSg
https://www.youtube.com/watch?v=Ep4XmwXDwHA

市川恭道(いちかわ・やすみち)

【筆者プロフィール】
市川恭道(いちかわ・やすみち)
関西学院大学卒業。在学中はグリークラブに所属し合唱の基礎を培う。本場でバーバーショップを学ぶため2008年渡米。Masters of HarmonyとThe Westminster Chorusに所属し、2008年、2010年、2019年とバーバーショップ国際大会で優勝。また渡米後、声楽・合唱指揮のプロになることを志し、カリフォルニア州のFullerton College声楽科を卒業。その後、同州Azusa Pacific University(APU)大学院声楽科・指揮科を修了する。APU在籍中はアシスタントとしてOratorio Choir、University Choir and Orchestra、Opera Workshopの指導に携わり主に宗教音楽、オーケストラ指揮、オペラ指揮を学ぶ。現在、Westwood Hills Congregational Church音楽主事、The Westminster Chorus代理指揮者、Los Angeles Men’s Glee Club指揮者としてコーラスの指導にあたり、歌い手としてはLong Beach Camerata Singers、Pacific Choraleに所属する。日本ではアメリカ音楽、Barbershop Harmonyの指導に力をいれ、帰国時には練習指導・講習会を開いている。指揮をDonald Nueun、Dr. John Sutonに、声楽をDr. Katharin Rundus、David Kressに師事。American Choral Directors Association (ACDA)、Choral America、Barbershop Harmony Society (BHS)会員。

 

日本の合唱作品紹介

新進気鋭の若手指揮者、佐藤拓さんと田中エミさんのお二人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

「星曜日・風曜日」女声合唱のために

●「星曜日・風曜日」女声合唱のために
作曲:糀場富美子
作詩:武井武雄
出版社:全音楽譜出版社
価格:1,320円(税込)
声部:SSA div.
伴奏:無伴奏(風鈴使用)
言語:日本語
時間:8分15秒
判型:全音判/24頁
ISBN:978-4-11-719140-0
収録曲:
星曜日/風曜日

今回は久しぶりに旧譜紹介をさせていただきます。糀場富美子作曲「星曜日・風曜日」女声合唱のために、というア・カペラ作品です。
Tokyo Cantat 2015「やまと うたの血脈Ⅵ」〜未来へ〜 のコンサートで、熊遊舎女声合唱団(指揮 野本立人)により初演されています。このコンサートは日本を代表する作曲家たちが創る〈合唱音楽の未来〉をテーマとした全曲委嘱初演のコンサートで、それぞれ渾身の演奏が繰り広げられました。

作曲家はこの依頼を受けて武井武雄の詩をテキストとして選ばれました。武井武雄は大正から昭和にかけて多くの童画、版画、トランプのデザインなどの作品を多く発表している作家です。子ども向けの本の挿入画を芸術作品の域まで引き上げることを目指していました。「童画」という言葉を初めて使ったのは武井武雄であり、その後、その呼称が全国に広まったのでした。武井氏が画家として発行に深く関わっていたキンダーブック(フレーベル館)を幼い頃に愛読していた人も少なくないのではないでしょうか?私もその一人です。

作曲家とこの作品のテキストになった言葉との出会いは、2011年、合唱組曲「地上の祭」(詩:武井武雄)を制作するにあたり、長野県岡谷市にあるイルフ童画館に所蔵されている武井作の銅板の絵本を見るため来館したとき。イルフ童画館の入り口に展示されていた「星曜日」という巨大な銅板のレリーフの世界観に魅了されたそうです。
「星曜日」の銅板レリーフの写真はこちら
https://mainichi.jp/articles/20180611/k00/00e/040/099000c

このレリーフは「風曜日」と連作となっています。このレリーフには武井氏の言葉も添えられおり、その全てに魅了された糀場さんは、そのまま「星曜日・風曜日」のテキストとして使用されました。

星曜日 6本の風鈴が使われます。風鈴持った歌い手を含め、演奏者はゆっくりと歩きながら入場。会場内に涼やかな風鈴の音が鳴り響き、既にここで心地よい宇宙空間が生まれます。演奏者が所定の位置に着いたところで、語りのような音楽が始まり、このような言葉が語られます。
「遠い星をみている者は幸いである。星に着陸してその無慈悲な肌にさわるものは不幸だ。もし愛するものがあったら遠くにおいて手を伸ばさない事にしよう。征服はまたの名を惨敗という。」
レリーフの中に浮かび上がる幻想的な世界。風景描写と語りのコラボレーションが繰り広げられます。

風曜日 今度は突如吹き荒れる風の音が渦巻きます。その風の音の中から徐々に聞こえてくる歌。あたたかい命を孕む風はときには荒れ狂う台風にもなります。風の音楽が絶頂に達したのち、重厚なハーモニーの中でこう語られます。
「風は(また)私たちの知らないレパートリィを無限にもっているという事だ」

全編ア・カペラで最大9声に分かれることがあります。独立して1曲ずつ演奏することも可能ですが、2曲続けて演奏されることをお勧めします。演奏会場の空間の使い方についても色々な可能性を探ることのできる作品です。
耳当たりの良いメロディやハーモニーを楽しむというタイプの曲ではありませんが、五感で感じる世界が隅々まで詰まっている美味しい音楽であると感じます。(田中エミ)

田中エミ (たなか えみ)

【筆者プロフィール】
田中エミ (たなか えみ)
福島県出身。2003年、国立音楽大学音楽教育学科卒業。ゼミでは合唱指揮と指導法を学ぶ。また、同時期より栗山文昭のもと合唱の研鑽を積む。TOKYO CANTAT 2012「第3回若い指揮者のための合唱指揮コンクール」第1位、及びノルウェー大使館スカラシップを受賞し、2013年にノルウェーとオーストリアに短期留学。2022年、武蔵野音楽大学別科器楽(オルガン)専攻修了。現在、合唱指揮者として幅広い世代の合唱団を指導。21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」会員。