Radi manī, ak, Dievs! おお、神よ、私のうちに創造してください!(Andrejs Selickis 作曲) / 混声合唱のためのア・カペラ「もりのうた」(石井眞木 作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Radi manī, ak, Dievs! おお、神よ、私のうちに創造してください!
作曲:Andrejs Selickis(アンドレイス・セリツィキス)
声部:2S 2A 2T 2B (8声)
伴奏:無伴奏
言語:ラトビア語
時間:4分30秒

 私のスウェーデンでの充実した時間は美しい雪景色と終わりを迎えようとしています。先日は氷点下20度という寒さでしたが、この頃の澄み渡る空気は特別で、寒さよりも美しさを強く感じます。さて、今回は寒い冬、そして美しい雪景色、そんな時期に生まれた作品を紹介します。
 ラトビア人作曲家、アンドレイス・セリツィキス氏の合唱作品です。セリツィキス氏は1960年生まれ、ラトビア音楽院でペーテリス・プラキディスの元で作曲家を学び、1986年に卒業後、神学の修士号も習得しており、ラトビア正教会で奉仕をしており、その傍ら作曲活動を行っており、ラトビアにおいて作曲家として特異な存在です。彼は、自身の作曲の行為に対して、「音楽を通して精神の世界で何が起こっているかを感じようとしています。」と語っており、彼の作品は彼の信仰心と大きく関わり合っています。ラトビア放送合唱団の指揮者スィグヴァルズ・クリャーヴァと共に旧コンスタンティノープルのアヤソフィア大聖堂、ギリシャのアトス山の修道院へ巡礼に行き、古儀式派の聖歌を歌い、学んでおり、それらは彼の作品にも影響を与えています。
 近年の彼の作品の多くは、ラトビア放送合唱団による委嘱による合唱作品が多いです。
 今回紹介する作品は、詩篇51番からインスピレーションを得て作曲されており、グレゴリオ聖歌とビザンチン様式の要素を絡み合わせて、深く精神的な作品となっています。
 詩篇51番を題材に依頼を受けたセリツィキスは、作曲の経緯について、自身はこう語っています。「美しい真冬のときでした、考えや感情に行き詰った私は、外に出て丘まで歩きました。雪に覆われ、太陽が降り注ぐ頂上に登ったとき、突然啓示に打たれ、詩篇の最初の 2 節は主の晩餐を受ける前のカノンへの賛美歌であることを思い出しました! このようにして、私の最も幸せな作品の 1 つが生まれました。それは、自然に、素早く、ほとんど痛みを伴わずに生まれました。」
 作品は詩篇51番の12節、13節、17節が用いられ、各節から言葉「Dievs (神)」「Sava vaiga(神の顔)」「Kungs(主)」が軸となり、セリツィキス氏はそれは音楽の三位一体のようだと言っています。そして、それらの含まれる節がビザンチン聖歌を彷彿させるかのような旋律によって女声のユニゾンからはじまり、後に模倣された旋律が男声のユニゾン、そして17節のはじまりは全体のユニゾンによって力強く歌われ、後にバスとアルトの完全5度によるドローンの元にソプラノとテノールによって旋律が引き継がれます。ユニゾンで歌われた後に始まるドローンは、作品の中で最も力強い音の空間を生み出し、そのもとに歌われる旋律から瞬間に響く非和声音は独特な空間を生みます。「主よ、私の唇を開いてください、そうすれば私の口は宣言します。」と輝かしく響いたのち、音楽は「Slavu!(栄光を)」と静寂のうちに全体のユニゾンで締めくくられます。セリツィキス氏はこの言葉はこの世のものではないかのように遠くに静かに響くとコメントしています。この作品のみならず、彼の作品にはユニゾンで歌われる旋律が多く現れます。セリツィキス氏は、音楽においてモノディほど神聖なものはないと信じており、その様は随所に現れます。
 2018年にはセリツィキス氏の合唱作品アルバム「Paradisus Vocis」が発売されており、他の作品も聴くことができます。是非、この作品と共にきいてみてください。(山﨑志野)

山﨑 志野 (やまさき しの)

【筆者プロフィール】
山﨑 志野 (やまさき しの)
島根大学教育学部音楽教育専攻卒業後、2017年よりラトビアのヤーゼプス・ヴィートルス・ラトビア音楽院合唱指揮科で学ぶ。学士課程卒業後、現在、同校修士科合唱指揮科に在学中。2021年に開催された第2回国際合唱指揮者コンクールAEGIS CARMINIS(スロベニア)では総合第2位を受賞。合唱指揮を学ぶ傍ら、リガ市室内合唱団アベ・ソルの団員としても積極的に活動している。合唱指揮を松原千振、アンドリス・ヴェイスマニス各氏に師事。

 

日本の合唱作品紹介

新進気鋭の若手指揮者、佐藤拓さんと田中エミさんのお二人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

混声合唱のためのア・カペラ「もりのうた」

●混声合唱のためのア・カペラ「もりのうた」
作曲:石井眞木
作詩:木島始
出版社:音楽之友社
価格:2,068円(税込) ※オンデマンド5部以上
声部:SATB div.
伴奏:無伴奏
言語:日本語
時間:24分
判型:A4判/46頁
ISBN:9784276974388
収録曲:
しずかに(序奏)/ 鳥のこえ/花のきもち/くさのすず/おしゃべりカササギ/雨ぎらい?/いきものみち/あたらしいへんてこうた/きのこのふしぎ/声のすれちがい/花ぼうし/クリスマスのまえ/しずかに/鳥のこえ(終曲)

明けましておめでとうございます。佐藤拓です。
2023年がメモリアルイヤーとなる作曲家はたくさんいますが、今回はその中から没後20年、合唱の分野ではあまり知られていない作曲家・石井眞木(1936-2003)の作品を紹介いたします。
石井眞木は伊福部昭に師事したのちベルリン音楽大学に学び、日本とドイツをまたにかけて国際的に活躍しました。早くからガムランなどアジアの民俗音楽、日本の声明や雅楽に注目し、アジア的な音響と西洋音楽の書法を結び付ける独自の作風で地位を確立しました。(ちなみに15歳年上の兄は、『風紋』『枯れ木と太陽の歌』などの合唱曲で知られる石井歓です。)
多様なジャンルに作品を残す作曲家でしたが、声を伴う作品はそう多くなく、125曲以上ある作品の中で、合唱作品はわずかに2作だけ。そのうち出版されている唯一の作品が今回紹介する『もりのうた』です。
この作品はチェコの絵本作家ミルコ・ハナーク(Mirko Hanák, 1921-71)の絵に詩人・木島始が付けた40の詩の中から、森に関する12の短い詩片を選んで作曲された無伴奏混声合唱曲です。曲は14曲からなり、冒頭の2曲が枠構造のように末尾で繰り返されます。平易な言葉で、春夏秋冬の移ろいと森のさまざまな響き・動きをメルヘンチックに綴った詩を、調性的でありながら精密なハーモニーとリズムの変化で彩った楽しく心地よい曲です。(しかし!難易度はかなり高めです)

1、しずかに(序奏)
樹々の間から差し込む光のようなヴォカリーズで始まり、徐々に森に春の気配が近づいている様子が歌われます。神秘的な、少し暗いドイツの森をイメージさせます。
2、鳥のこえ
女声の「チッチッチッチッ」という鳥たちの軽やかなさえずりが複雑に絡み合う中、重厚な男声合唱によってテキストが語られます。(この男声の密集したハーモニーは格別にカッコイイです!)
3、花のきもち
虫たちを惹きつけ蜜を吸わせる花も、やはり虫たちが来てくれて嬉しいのではないかしら、という可愛らしい詩。穏やかなテンポで女声がテキストを進め、虫の羽音を思わせるソプラノソロが合いの手のように差し込まれます。
4、くさのすず
ペンタトニックに「ランランラン」と鈴の音でオスティナートするソプラノが印象的。男声3部合唱がテキストをホモフォニックに運んでいきます。
5、おしゃべりカササギ
4/16拍子と5/16拍子が交互に現れる複雑なリズムに、カササギさながら16分音符でぺちゃくちゃと喋るように歌われます。アルトとバスは「ひだまり」「ひあたり」「あたたまり」しか歌詞がなく、それが様々な音高、ヴォリュームで飛び込んできます。小節ごと、パートごとに調性が異なっていてソルフェージュ的には曲中もっとも難しい曲かもしれません。
6、雨ぎらい?
「雨がきらいだなんて人間だけじゃないの そんな恩知らずなのは」で始まるテキストを分断して、パート間でリレーするように歌われます。雨の日のすこし憂鬱なムードと人間へのアイロニーを込めています。
7、いきものみち
"ツバメ"と"カタツムリ"、"風"と"におい"をそれぞれ女声と男声が表現して、どっちが早いか競っています。半音階で書かれた女声パートは難しそうに見えますが、グリッサンドとしてみれば非常に単純です。
8、あたらしいへんてこうた
猫とがちょうが「があがあ」「にゃおにゃお」と鳴き声で言い合いしています。鳴き声は5/16拍子で長七度または半音でぶつかっており、そのとおり演奏するだけでけたたましい雰囲気が生まれます。
9、きのこのふしぎ
旋律はほぼ五度跳躍だけで書かれており、にょきにょき生えるキノコの様子か、はたまたキノコの毒でフラフラしている様か。男声と女声は二拍ズレのカノンのようになっており、視界が二重になってしまったような幻惑的なサウンドが現れます。
10、声のすれちがい
鳥の声に呼応して鳴くキリギリス、鳥を無視してマイペースに鳴いている蛙、それぞれのキャラクターを女声と男声が歌い分けます。
11、花ぼうし
小鹿が優雅に走るような付点のリズムにのって、ソプラノとテノールが歌い交わします。バスは全音でぶつかるドローンを奏で、まるで動物たちの輪舞のようなさわやかな秋の風景です。
12、クリスマスのまえ
18世紀ドイツのクリスマスソングを引用しており、クリスマスを迎えるお母さんと子供の他愛のない会話が語りのソロで挿入されます。冷たい空気感と母子の暖かい愛情がにじむ素敵な作品です。
13、しずかに
前曲からAttaccaで始まります。第1曲の繰り返しで、一部リズムの変化があり、中間部以降は全音上に転調しています。
14、鳥のこえ(終曲)
第2曲と同じ曲で、賑やかしい雰囲気のまま高揚し、最後は女声も歌詞に加わって盛大なフィナーレを迎えます。

初演は1984年、岩城宏之指揮の東京混声合唱団。全曲演奏で26分ほどかかりますが、この中から何曲か抜粋して演奏することももちろん可能です。現代音楽の最先端にいた作曲家の作品としては意外なほど親しみやすく、しかしそのサウンドはオリジナリティあふれるものです。実演に接する機会はそう多くないのですが、是非力のある合唱団には挑戦してみていただきたいと思います。(佐藤拓)

佐藤 拓(さとう たく)

【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう たく)
早稲田大学第一文学部卒業。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。World Youth Choir元日本代表。合唱指揮者、アンサンブル歌手、ソリストとして幅広く活動中。
Vocal ensemble 歌譜喜、The Cygnus Vocal Octet、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、日本ラトビア音楽協会合唱団「ガイスマ」、合唱団Baltu指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
声楽を捻金正雄、大島博、森一夫、古楽を花井哲郎、特殊発声を徳久ウィリアムの各氏に師事。(公式ウェブサイト https://contakus.com/