6つのシャンソン(P.ヒンデミット作曲)/ 男声合唱のための組曲「人生ばんざい!」(矢田部宏作曲)

世界の合唱作品紹介

海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●6 Chansons(6つのシャンソン)
作曲:Paul Hindemith(パウル・ヒンデミット)
出版社:Schott
声部:SATB
伴奏:無伴奏
言語:フランス語(英語)
時間:6分

本日ご紹介するPaul Hindemith(パウル・ヒンデミット/ 1895-1963)は、20世紀を代表するドイツの作曲家です。ヒンデミットは作曲家だけでなくヴィオラ奏者としても活躍しており、オーケストラやアンサンブルでの演奏活動を行っていたこととも関連してか、様々な楽器のための独奏作品を多く残していることでも知られています。合唱作品は決して多くはありませんが、今回はその中でよく知られている『6つのシャンソン』という作品を取り上げたいと思います。
ヒンデミットの合唱作品は、当然ながらドイツ語のテキストが多いのですが、この『6つのシャンソン』はフランス語の詩をテキストとしています。しかしながらその詩を書いたRainer Mari Rilke(ライナー・マリア・リルケ​​/ 1875-1926)はオーストリア(ドイツ語圏)の詩人で、晩年にフランス語での詩作に取り組んでいたことが知られており、フランス語を母語としない詩人と作曲家による作品ということができます。もちろんそんなことは珍しくもないとも言えますが、この作品が生まれた1939年という年には、ドイツは第二次世界大戦に向かう真っ只中にあり、ヒンデミット自身もナチスによって作品発表の場を奪われ、スイスからアメリカへと亡命を余儀なくされた時期であることも無関係ではないように思います。

そんな背景をもったこの作品は、以下の6曲から構成されています。
La Biche(牡鹿) 
Un Cygne(白鳥)
Puique tout passe(全てが過ぎ去ってから)
Printemps(春の時)
En Hiver(冬に)
Verger (果樹園)

穏やかな自然の情景の中に一抹の陰りがあるような詩の世界観を、ヒンデミットによる美しいメロディーと、繊細な和音が見事に彩っています。ヒンデミットの音使いは、三和音の流れの中に絡んでくる2度(特に長2度)が非常に美しいと感じます。作品の中で、ある声部が同じ音を保っている間に他のパートが順次進行で下降していくような箇所が何度かあるのですが、グラデーションのように移り変わる和声が非常に魅力的です。1曲あたり1〜2分の小品で、テンポのゆったりした曲から快速な曲まで幅広く、6曲すべて演奏しても9分程度の作品なので、演奏する方にとっても聴衆にとっても手を伸ばしやすい作品なのではないかと思います。
ヒンデミットは、ロマン派と近現代と区分される時代の過渡期を生きた作曲家で、それゆえどちらの派閥からも中途半端と見做されるような時期もあったようですが、私はその絶妙なバランス感覚がヒンデミット作品の魅力ではないかと感じています。
ぜひ一度、ヒンデミットの合唱作品に触れてみてください!(谷 郁)

楽譜:https://www.panamusica.co.jp/ja/product/965/

【筆者プロフィール】
谷 郁 (たに かおる)
国立音楽大学声楽科卒業及びグラーツ国立音楽大学大学院合唱指揮科修了。これまでに合唱指揮を花井哲郎、エルヴィン・オルトナー、ヨハネス・プリンツの各氏に師事。
Tokyo Cantatにおける第5回及び第6回若い指揮者のための合唱指揮コンクールいずれも第2位。国際合唱指揮コンクールTowards Polyphony(ポーランド)で高い評価を受け、NFM Choirにより客演指揮に招請された。
vocalconsort initium、Hugo Distler Vokalensemble、Tokyo Bay Youth Choir指揮者。他指導合唱団多数。

 

日本の合唱作品紹介

新進気鋭の若手指揮者、佐藤拓さんと田中エミさんのお二人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。

●男声合唱のための組曲「人生ばんざい!」
作曲:矢田部宏
作詩:やなせたかし
出版社:音楽之友社
価格:1,980円(税込)
声部:TTBB
伴奏:無伴奏
ISBM:9784276978942
収録曲
好きな風景/ふしぎな都会で/ひろった涙/ジャマスルナ・ワルツ/人生ばんざい!

こんにちは。佐藤拓です。
さて今回は久しぶりに男声合唱曲の紹介です!(1年半ぶり、この連載を初めて2回目)
といっても最新刊ではなく、かなり昔の、埋もれてしまった「隠れた佳曲」ともいえる作品です。
やなせたかし作詞、矢田部宏作曲の『人生ばんざい!』は、1970年に音楽之友社の合唱曲懸賞募集で優秀賞を受賞した無伴奏男声合唱作品です。
作曲者の矢田部宏さんについて、情報はそう多くありません。1934年生まれ、日本童謡協会に所属し童謡や学校のための曲を多数手がけ、平安女学院短期大学保育科の教授も務められたそうです。合唱曲としては男声合唱とエレクトーンのための『マットン君』、男声合唱のための『抒情小曲集』(室生犀星詞)、女声合唱とエレクトーンのための『愛の道』などがありますが、残念ながら現在はすべて絶版で入手が難しく、唯一この『人生ばんざい!』のみがオンデマンドで購入できます。
筆者は2016年にこの曲をプロ男声アンサンブルで取り上げようと思い、出版社を通じて矢田部さんへコンタクトを取ったのですが、なんとその前年(2015年)に残念ながらお亡くなりになったということをご遺族からお聞きしました。

やなせたかしさんといえば言わずもがなアンパンマンで有名ですが、これらの詩が書かれた60年代はまだアンパンマンも生まれず、ヒットに恵まれない不遇の時代でした。しかしここで選ばれた5つの詩には、どれもユーモアとファンタジー、そして逆境を跳ね返すポジティブなエネルギーが満ち溢れています。5曲からなる組曲で、アンパンマンのキャラクターさながら、それぞれの詩に独自の色合いと表情があり、音楽もそれに寄り添ってバラエティに富んだサウンドを構築しています。

1、 好きな風景
風、海、花、歌、夢、あなた、この人生・・・など身近にある「好きなもの」を次々にあげながら、「すき、すき」という言葉が合いの手のように楽しく挿入されます。G dur→d moll→g mollと軽やかに転調し、最後は爽快なG durのハーモニーで締めくくられます。

2、 ふしぎな都会で
ハイヒールを履いた犬、パラソルをさした猫、青いスーツを着たメザシ・・・珍奇で可愛らしい生き物たちの「都会のたそがれ」。各節ともAndanteの落ち着いたテンポでキザに繕いますが、突然のルンバのリズムで本性が暴かれズッコケた展開となります。動物の鳴きまねなどもあって、様々な声の色を使って遊べる曲です。

3、 ひろった涙
唯一の緩徐楽章。ベースのA音の持続低音に乗って、バリトンがセンチメンタルな旋律を紡ぎます。一転してa mollからA durに明るく転調し、リズムも3拍子のワルツ風に代わって優雅なメロディーを奏でます。“拾った他人の涙をほほに付けて泣きまねしながら歩く”とは風刺の効いた視点です。

4、 ジャマスルナ・ワルツ
こちらは快活なワルツ。喜びや楽しみにあふれて生きることを誰も邪魔することはできない!明るく前向いて進む人への応援歌のような曲。テンポ変化やフェルマータが随所にあり、しなやかで俊敏な表情の切り替えも大切です。

5、 人生ばんざい!
タイトルの文字通りの盛大な人生讃歌。深いことを考えず、ひたすらにこの楽しい音楽に身を任せてみてください。干支の動物を読み上げるところでは、それぞれの動物の鳴き声を挿入してみたりするのもよいでしょう(辰は・・・?)。ラストの「フレーフレー」は愚直に、心の底からのエールで。

男声合唱曲というと、とかく純文学的なテキストや、シリアスで重厚な作品が多い印象ですが、ユーモアや諧謔性、軽妙さも男声ならでは魅力だと思うのです。編曲ものでないオリジナル作品で、この曲のような「軽やかに可笑しい」作品は貴重ですので、是非多くの合唱団に取り上げていただきたいと思っています。(佐藤拓)

私も参加している男声アンサンブル八咫烏の演奏がYouTubeに上がっておりますので。参考までにご紹介させていただきます。
https://www.youtube.com/watch?v=L2Fh8OABX94

【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう たく)
早稲田大学第一文学部卒業。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。World Youth Choir元日本代表。合唱指揮者、アンサンブル歌手、ソリストとして幅広く活動中。Vocal ensemble 歌譜喜、The Cygnus Vocal Octet 、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、日本ラトビア音楽協会合唱団「ガイスマ」、合唱団Baltu指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。声楽を捻金正雄、大島博、森一夫、古楽を花井哲郎、特殊発声を徳久ウィリアムの各氏に師事。
(公式ウェブサイト https://contakus.com/)