Kevätunta 春の夢(Leevi Madetoja 作曲)/ 無伴奏混声合唱のための抒情歌曲集「日本の音風景」(堅田優衣 編曲)
世界の合唱作品紹介
海外で合唱指揮を学び活躍中の柳嶋耕太さん、谷郁さん、堅田優衣さん、市川恭道さん、山﨑志野さんの5人が数ある海外の合唱作品の中から、日本でまだあまり知られていない名曲を中心にご紹介していきます。
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●Kevätunta(春の夢)
作曲:Leevi Madetoja(レーヴィ・マデトヤ)
声部:SATB
出版社:音楽之友社「フィンランド 混声合唱曲集」に収録
伴奏:アカペラ
言語:フィンランド語
本格的な春の訪れを感じる今日この頃。日も一気に伸びて、桜も咲き始めました。四季がある日本の春は美しいですね。フィンランドで春と呼べるのは、3月下旬から4月下旬でしょうか。この短い春を表現したレーヴィ・マデトヤの「Kevätunta 春の夢」を、本日ご紹介します。
レーヴィ・マデトヤ(1887-1947)は、フィンランドの作曲家。幼少期はフィンランドの民族楽器であるカンテレを学び、ヘルシンキ音楽院(現:シベリウスアカデミー)にて、ジャン・シベリウスに作曲を師事しました。パリ、ウィーン、ベルリンに遊学(1910-1912)後、フィンランドやアメリカでも教鞭をとり、多数の合唱作品を残しています。約50曲の男声合唱、混声合唱のために書かれた重要な作品の多くは、1908年から1920年代半ばまでに書かれました。
本作のテキストは、マデトヤの妻であるL・オネルヴァ(1888-1972)の詩。曲は、フィンランドの早春を象徴するように、明るさと暗さの間をたゆたうような音で構成されています。一貫してF-durの主音(F-C-F)を軸とし、その中で各パートが役割を担いながら、春の様子が描かれています。ベースは特徴的で、F-C-Fのオクターブを使いながら、春を待つ大地の役割を果たしているようです。上三声は、完全4度内の音程間で、半音と全音を組み合わせながら、揺れ動く風の波や、木々、空に浮かぶ孤独な星を描写。ソプラノは時折、大地と語り合う空のように、C-Fのロングトーンによって視界を広げてくれます。夕方から夜にかけて、フィンランドの春の訪れを確かに感じた後、再び氷点下にもなる冬の寒さがやってきます。
「木々にも大地にも夢が宿る 四月の夏の夢」と歌う中間部は、男声による空虚なオクターブの響きの中で、女声が不協和音によって凍てつく空気を表現し、春直前の三寒四温を表現しています。フィンランドの春は、日本とは異なり、色彩はまだぼんやりとしています。歌詞にある通り、「池にきらめく氷の音、柳の枝の震えの中」にかすかな季節の変化を見出すのです。
再び冒頭と同じような音像に回帰しますが、大地であるベースはうごめき出し、春はもうすぐそこ。ソプラノソロが登場し、「空は愛するように大地を包み込む」と天から注がれる希望のように語りかけます。p-pppの中ですべてが表現される淡く繊細なフィンランドの春。5月に一気に夏を迎える前、ほんの少しだけ現れる4月の春は、期待に包まれながら何も起きていないような、狭間の空間です。その控えめな時を肌で感じられる本作は、この春刊行の「フィンランド混声合唱曲集」に収録されています。少しスケジュールが遅れていますが、もうすぐみなさんのお手元に届けられると思いますので、ぜひ春のコンサートのレパートリーに入れてみてはいかがでしょうか。他にも、フィンランド国民楽派と呼べるような、マデトヤと同時期に生きたトイヴォ・クーラ、セリム・パルムグレンの作品も収録されています。フィンランド合唱作品を身近に感じていただけると思いますので、ぜひご期待ください!(堅田優衣)
【筆者プロフィール】
堅田 優衣(かただ ゆい)
桐朋学園大学音楽学部作曲理論学科卒業後、同研究科修了。フィンランド・シベリウスアカデミー合唱指揮科修士課程修了。2015年に帰国後は、身体と空間を行き交う「呼吸」に着目。自然な呼吸から生まれる声・サウンド・色彩を的確にとらえ、それらを立体的に構築することを得意としている。第3回JCAユースクワイアアシスタントコンダクター、Noema Noesis芸術監督・指揮者、女声合唱団pneuma主宰、NEC弦楽アンサンブル常任指揮者。合唱指揮ワークショップAURA主宰、講師。また作曲家として、カワイ出版・フィンランドスラソル社などから作品を出版している。近年は、各地の伝統行事を取材し、創作活動を行う。
日本の合唱作品紹介
指揮者、演奏者などとして幅広く活躍する佐藤拓さん、田中エミさん、坂井威文さん、三好草平さんの4人が、邦人合唱作品の中から新譜を中心におすすめの楽譜をピックアップして紹介します。
●無伴奏混声合唱のための抒情歌曲集「日本の音風景」
編曲:堅田優衣
出版社:全音楽譜出版社
定価:1,650円 (税込)
声部:SATB div.
伴奏:アカペラ
判型:全音判/32頁
ISBN:978-4-11-719559-0
こんにちは、佐藤拓です。
今回紹介するのは、このメールマガジンでの楽譜紹介でもおなじみの作曲家・指揮者の堅田優衣さんによる新譜、「日本の音風景」です。
“無伴奏混声合唱のための抒情歌曲集”という副題にある通り全曲アカペラで、よく知られている日本語歌曲5曲のアレンジが収められています。いずれも指揮者の松原千振さんによる委嘱で、名古屋ユースクワイア・ジャパン・チェンバー・クワイア、合唱団四季によって2022~2025年に初演されています。
フィンランドで学び、海外でもその作品が演奏される機会の多い堅田さんですが、近年は日本の伝統的な音素材、特に南島の芸能や神事、アイヌの民俗歌唱などに根ざした作品に注力されており、その土地の風景や伝承をあるがままに包括して独自の響きに昇華するセンスは当代随一であると思います。前書きの中で作曲者はこう語っています。
「日本には、四季ごとの繊細な色彩、匂いや音などを通して、自然を慈しむ文化があります。また、それらに紐づいて想起される感情を人々は無意識に共有しており、他者の体験を味わい、共感することができるのです。」
自らが経験していないことすらも、五感を通して観る自然と、他者の体験の中に「実感」を得ることができる。この曲を歌うことで、私たちはそういった日本的な感覚、ふるまいに気付き、一層その歌の美しさを見つめなおせるかもしれません。(佐藤拓)
1、浜辺の歌
1番はアルトとソプラノが主旋律をリレーし、徐々に声部が加わっていきます。夜明けの太陽が昇っていくような広がり。2番はテノールがメロディを担い、ベースとアルトによるリズムが緩やかな波の寄せ返しを描きます。間奏を挟んでソプラノのメロディで穏やかに終止します。
2、朧月夜
6声(女声3、男声3)による厚みのあるサウンドで、男声と女声の歌いかわしのような趣。ヴォカリーズのシラブル(a、m、hu、u)の変化によって風景の色彩を描いているよう。1人1パートのヴォーカルアンサンブルにもおすすめ。
3、からたちの花
主旋律を軸に各パートがポリフォニックに絡み合い、幼いころの複雑な感情の機微を想起させます。ほかの曲にはない強めの表情(アクセントテヌートなど)が局所的に用いられているところにも注目。後半はテノールソロがリードします。
4、早春賦
ベース→テノール→アルトと旋律をリレーする1番に続き、2番ではPiù mossoとなって軽快な伴奏パートに乗ってソプラノとベースがメロディを。3番はテノールとアルトの主旋律によって広がりのあるクライマックスを形作ります。全パートに主役が分担されたアレンジです。
5、砂山
ルネサンスの定番である通模倣形式のように各パートにモチーフ旋律が現れるポリフォニー。アルトが上のFから下のFまでの2オクターブにわたる音域を歌う、実にアルト冥利に尽きる作品(笑)。最後は寂寥感をたたえた空5度で終止します。
朧月夜以外はSATBの4声でディヴィジョン(div.)はまったくありません。曲中の転調もなく、臨時記号がほんの数か所しか用いられていないというのも特徴でしょう。筆者自身も「朧月夜」の初演で携わったほか、いくつかの編曲を歌っていますが、少ない音の中に実に豊かで濃密な風景が秘められた名編曲であると感じました。アンコールピースとしてのほか、歌詞のローマナイズや解説の英訳もありますので、海外合唱団との交流や海外公演のプログラミングとしても重宝されることでしょう!
【筆者プロフィール】
佐藤 拓(さとう たく)
岩手県出身。早稲田大学第一文学部卒業。在学中はグリークラブ学生指揮者を務める。卒業後イタリアに渡りMaria G.Munari女史のもとで声楽を学ぶ。
アンサンブル歌手、合唱指揮者として活動しながら、日本や世界の民謡・民俗歌唱の実践と研究にも取り組んでいる。近年はボイストレーナーとして、自身の考案した「十種発声」を用いた独自の発声指導
を行っている。Vocal ensemble 歌譜喜、Salicus Kammerchor、vocalconsort initium等のメンバー。東京稲門グリークラブ、合唱団ガイスマ等の指揮者。常民一座ビッキンダーズ座長、特殊発声合唱団コエダイr.合唱団(Tenores de Tokyo)トレーナー。
(公式ウェブサイト https://contakus.com/)
